第8話
静寂が森を包んでいた。
数分前まで、地響きと衝撃波が飛び交う戦場だったのが嘘みてぇだ。倒れたセリオンの巨体が、ゆっくりと霧散していく。
俺は拳を見つめながら、さっきの感覚を反芻する。
血の中に何かが流れ込むような熱。今までに感じたことのない、昂ぶり。
――これが、ステラビリティの発現か
ステラビリティ、人類が生み出した対セリオンのための切り札。
その能力は人によって千差万別だ。自分に合った能力を手に入れる者もいれば全く意味のない能力を得ることもあるとのことだが……どうやら、俺は大当たりを引いたようだ。
「……ッ」
体の中を巡る衝動が、まだ微かに残っている。
抑えきれない程の戦闘欲。 狂おしいほどの高揚感。これが俺のステラビリティ。
【狂化】
「ハハッ、まさに俺にぴったりの力じゃねえか」
お前は戦闘狂だ、ってか? んなもん、誉め言葉でしかねえだろ。
胸の奥が ゾクゾクする。
もっと殴りたくて 仕方がねぇ。
だが――
「……ねえ」
横から、低い声が響いた。
「アンタ、よくもアタシの獲物を奪ってくれたわね?」
ギロリ、と鋭い目つきで、女が俺を睨んでいた。
彼女はさっきまでとは打って変わって、完全に敵意むき出しである。
そんな鬼のような目をしていても美人のままなのがすげえな。
露出の多いパンク系のファッション、スラッと見せつけている太ももには細々とした傷はいくつかあるものの、大きな傷はない。スタイルも抜群、身長は厚底のブーツも相まって179cmある俺よりも頭半分ほどデカいから、睨む姿は迫力が半端ないことになっている。並の高校生ならちびってもおかしくないレベルの威圧感だ。
「何のことだ?」
「言葉のまんまよ。あいつ、アタシの獲物だったんだけど?」
「……はァ? お前が決め手打てねぇから、手伝ってやったんだろーが」
「誰が助けてくれなんて言った!?」
鬼の角を生やしたまま、女はこちらを睨みつける。
「チッ! 気持ちよく戦えている最中だったのに……!」
「俺が勝って、あんたが負けた、それだけじゃねえか」
「うっさいわね! アンタが余計なことするからぜんっぜんスッキリしないじゃない!!」
女は 大太刀を肩に担ぎながら、苛立ちを隠さない様子で吐き捨てる。
その姿を見て、俺はにやりと笑った。
「へぇ~、負けたのがそんなに悔しいか?」
「負けてないわよ!!」
即答だった。なんなら髪まで逆立つ勢いでキレてやがる。
「アタシが負けたんじゃない。アンタが余計なことしただけ! わかる!?」
「はいはい、そういうことにしときゃいいんじゃねぇの?」
「……マジでぶった斬るわよ」
女の紫の瞳がギロリと光る。
ヤベぇ、こりゃマジでブチ切れてんな。
だが、正直……この空気、悪くねぇ。心臓の奥がドクンと高鳴る。
俺も、まだ昂ぶりが収まってねぇんだよな。
「……アァ? やるか?」
言葉が 勝手に口から出た。
「ハッ、望むところよ!! アタシの邪魔をしたツケ、きっちり払ってもらうわ!!」
「そっちこそ、俺の力の練習台になってもらうぜ!!」
二人同時に構える。
女は大太刀を斜めに構え、まるで獲物を狙う獣のような姿勢を取る。
俺は拳を握り込んで、半身を下げる。
互いに 睨み合い、次の瞬間には殺し合いが始まる――
――はずだった。
しかし、次の瞬間。
ぐぅ~~~~~~~~……
「………………」
沈黙。
女の腹が 盛大に鳴った。
さらに、続けて――
ぐるるるるるる……
俺の腹も、鳴った。
二人とも動きを止める。
「…………」
「…………」
女が大太刀を下ろす。
俺も構えを解く。
気まずい沈黙が流れる。
「……ッ」
女が 喉を鳴らし、口を開いた。
「……とりあえず、何か食べましょ」
「…………そだな」
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