第7話
「まずは景気よく特大の一発ッ!」
走り抜けた勢いままに全身のバネを使い、一気に跳躍。右拳を、渾身の力で叩き込む。
「……チッ、こりゃあ硬ぇな」
ズシンと重たい一撃、鈍い衝撃が腕に伝わる。だが、感覚的にそれほど効いている感じはないな。あと、なんか途中、呆気に取られている美人さんがいた気がするけど、多分気のせい!
ま、それは一旦置いといて……こいつ、さっきの奴らとは比べ物にならねぇな。皮膚はまるで鋼鉄みたいに硬く、俺の拳も十分なダメージを通せてねぇ。
さすがはⅢ級セリオンか。舐めてかかると、マジで潰されかねねぇな。
その証拠に、俺の拳を受けたセリオンは 微動だにしない。むしろ、俺を認識した瞬間、バチバチと赤黒いオーラを腕に纏い、より攻撃的な姿勢を取った。
「……ハハッ、完全にロックオンされちまったな」
おもしれぇ。どうせ一発じゃ終わらねぇと思ってたし、こっからだ。
俺はもう一度拳を握り込む――
と、その横で殺気を感じた。
「……ねえ、いいところだったんだけど? 何勝手なことしてくれてんの?」
ギロリと鋭い紫の瞳が、俺を睨んでいる。
額には黒い角、体中には黒いタトゥー、肩には巨大な大太刀。そして、今にも俺をぶった斬るような鬼の気迫。
「アンタ……邪魔するなら、敵と一緒にぶった斬るわよ?」
「おっと、そりゃご挨拶だな。俺も楽しく遊びたいだけだっての! それにほら、言い合ってる暇なんかねえんじゃねえか?」
「チッ……なら、せいぜい足引っ張んないでよね!」
長身美人が殺気を俺からセリオンへと向けたのを確認し、俺も戦闘態勢に入る。
互いに呼吸を整え、一瞬の隙を狙う。次の攻撃が本番だ。
セリオンが、吠えた。
腕に纏った赤黒いオーラが膨れ上がると同時に、衝撃波のような威圧感が周囲に広がる。
「来るわよ!」
女の声が飛ぶ。
セリオンの巨腕が一気に振り下ろされた。
「——チッ、スピード上がってんじゃねぇか!」
彼女と分かれ、同時に左右へ跳ぶ。
次の瞬間――
ドガァァァァァァァン!!!
大地が砕け、数メートル四方のクレーターが生まれた。衝撃波で木々がなぎ倒され、土煙が一帯を覆う。
「――チャンスよ!!」
彼女が、飛び込んだ。
爆煙を突き抜け、真横から大太刀を振り下ろす。
セリオンは咄嗟に防御の姿勢を取るが――
ズバァァァァッ!!
刃がセリオンの右腕を裂く。
だが、浅い。
「クソッ、やっぱり固いわねッ!」
女は舌打ちひとつ。だが、その瞬間こそが最大のスキだ!
「いいぞ、姉ちゃん! 今ので動き止まった!」
俺は踏み込む。
セリオンの注意が一瞬、彼女へ向いたのを確認し、俺は全力で拳を握り込む。
「――いっちょぶっ飛んでもらうぜェェェ!!」
ドゴォォォッッ!!
拳がセリオンの腹に突き刺さる。
だが――
「……ッ!? 効かねぇのかよ!!」
拳は確かに当たった。が、鋼鉄の如き皮膚は生半可な攻撃なんかじゃ貫けないようだ。
「クソッ、こりゃ無理やり殴り抜くしかねぇな……!」
「後ろ、来るわよ!!」
彼女が叫ぶ。
それと同時にセリオンが、左腕を振りかぶる。
直感がヤバいと告げていた。
「――ッ!」
俺は間一髪で飛び退いた。
ズシャァァァァッッ!!
直前まで俺がいた場所が、深く抉られている。
こりゃ、まともに食らったらヤベぇな。
「ねぇ、正面突破じゃラチがあかないわよ! 手、考えなさい!」
「そんなもん考える暇があるかよ!」
「はァ!? 考えながら戦えっての!!」
「うるせぇ!! とにかくぶっ飛ばすことだけ考えてりゃいいんだよ!!」
そのまま、俺は地を蹴る。正面から、真っ向勝負だ。
セリオンも応じるように、赤黒いオーラを纏った巨腕を振り上げた。拳と拳、純粋な力のぶつかり合い。
「オラァァァアアアア!!」
――ドゴォォンッ!!
瞬間、両拳が激突する。爆風と共に火花が散り、衝撃波が真横に吹き荒れる。
だが——ヤベェ、押されてる!
ズズ……ッと、地面を靴が削り、俺の足が数歩後退させられる。力の差が、そのまま拳を通して伝わってくる。
「クソッたれがぁああああ……!」
それでも拳を引かねぇ。全力でのぶつかり合いに、体の奥が妙に熱くなり、気分が高揚してくる。俺の中の何かが、加速していく。
痛ぇのに、重てぇのに、なんだこれ——
「……楽しくなってきやがったッ……!!」
俺は笑っていた。今にも砕けそうな拳をなおも押し込みながら、ただ、戦いの熱に身を焦がしていた。
さらに拳を強く握る。
するとその時、ドクンと心臓が鼓動を鳴らす。
体の奥で 何かが目覚める感覚——
「——ああ? なんだこれ……だが、悪い感覚じゃねえな!!」
むしろ絶好調な気分だぜ。
身体が熱を持ち始める。燃えるような衝動が 全身を支配する。
血液の中を、何かが駆け巡る感覚。
「……ははッ、なんだこれ……!」
湧き上がる興奮、抑えられねぇ衝動。
思わず、俺は叫んでいた。
「オラァァァァァァ!!」
ドゴォォォォン!!
赤黒いオーラを纏う拳がセリオンの拳を弾き飛ばした。
今までとはまるで違う手応え。
「まだまだ行くぜッ!!!」
セリオンがバランスを崩したところをさらに追撃。巨体の腹部に拳が突き刺さり、その衝撃は10mを越す巨体をわずかに浮かび上がらせた。
セリオンの皮膚が砕け、内部の肉が潰れる感覚が手に伝わる。
「——ッ!? 今の……!」
彼女の驚きの声が聞こえた。
セリオンはたまらず膝をつき、その巨体が沈みかける。だが、奴はまだ立ち上がろうと、両手で身体を支え起き上がろうとしていた。
先ほどよりも近い場所にある巨大な瞳が、俺を睨む。
「——トドメだッ!!!」
狙うはその頭。地面を蹴り、爆発的な推進力で跳び上がる。
「オラァァァァァァアアアアアアアア!!」
拳を振るう。音を置き去りにした、まさに渾身の一撃。
――ドガァァァアアアアアンッ!!!!!
拳の先を中心に爆風が吹き荒れる。そして、
ドゴォオオン。
衝撃が大地を揺るがし、ついに――
巨大なセリオンは、沈んだ。
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