第6話
夜の森は、闘争の色に染まっていた。
足元の地面には、彼女――四鬼星恋がこれまでに切り伏せたセリオンたちの残骸が転がっている。
だが――
「ちッ、こいつ、しぶといわね……!」
目の前の敵は、まだ倒れていない。
10メートルを超える巨体。異常なまでに発達した両腕。圧倒的な膂力と硬度を誇るⅢ級セリオン『剛腕狒々 バルザック』
「旧東京から飛び出した個体の討伐依頼を無理言って受けたはいいものの……さすがはⅢ級セリオン、一筋縄じゃいかないわね」
握り込んだ大太刀が、じわりと熱を帯びる。
セレンは思わず舌打ちが漏れながら、目の前の化け物を睨みつけた。
すでに戦い始めて1時間、ステラビリティで体力が底上げされているとはいえ、気を抜けない戦闘にそろそろ疲れも感じてきた頃合いだ。
「それに、こっちの時間もヤバい、か……」
戦闘開始から使い続けているステラビリティ『煌鬼羅刹』。発現してから5年近く、ずっと共にあった相棒と言っても過言ではないその能力は、しかし、体内のステラエネルギーを大量に消費する大食らいでもあった。
傷はたくさん与えた。けど、どれも致命傷には程遠い。自慢のステラビリティを使った攻撃でこの結果だ。さすがはⅢ級といったところか。
「ま、それが面白いんだけどね……ッ!」
セリオンが動く。
巨体を揺らし、腕を振り上げ、繰り出されるのは山を揺るがすほどの一撃。
「ッ……!」
セレンは瞬時に体を沈め、滑り込むように回避する。背後で大木が粉々に砕け散るのを感じながらも、動きは止めない。
「こいつを仕留めるには――もっと深く、骨まで斬り裂くしかないわね」
こんな重たい攻撃を食らえば、いくら鬼化してようともただでは済まない。
だが、その分スキは大きい。
「——甘いわ!!」
セレンは大きく踏み込み、隙だらけの胸元に向かって大太刀を振り上げる。
斬撃が閃き、刃が肉に食い込んだ――が。
——ガギィンッ!!
刃が食い込んだのは、ほんの数センチ。
傷口から青黒い血が滲むが、奴の表情は変わらない。
……いや、むしろ笑っているようにも感じられた。
「チッ、本当に頑丈ね……ッ!」
セリオンの肉体はステラエネルギーが凝集したもの。つまり、よりエネルギーを持つ者はその分身体も硬くなるわけであり、今回のセリオンはまさに鋼鉄のような肉体を持っていた。
絶望的状況、だが、セレンの顔に浮かぶのは不敵な笑み。
「いいわね、その硬さ……それでこそヤり甲斐があるってものよ!」
一歩引いて、深く息を吸う。
「―—行くわよ」
静かに、ただ一言。セレンは大太刀を握り込み、一気に踏み込む。銀閃が描くのは鋭い一撃、全霊を込めた一太刀。
振り下ろした刃が空気を裂き、セリオンの胴体に向かう――
だが、セリオンもただではやられない。セレンの斬撃に合わせ、強引に拳を振り下ろした。
互いの攻撃がぶつかり合い、爆発的な衝撃が周囲に広がる。
セレンはその爆風を利用し、地面を蹴って後方に跳ぶ。着地と同時に、大太刀を構え直した。
「……なるほど、やるじゃないッ!」
土煙が晴れた先、そこにいたのは拳に大きな裂傷を負ったセリオンの姿。これまでの浅い傷とは違う、場所によっては致命傷にも成り得る斬撃痕。
血が騒ぐ。
戦いの快感が、全身を駆け巡る。
「——もっと楽しませて頂戴ッ!」
再び踏み込もうとした、その時だった。
不意に、背後から声が響く。
「——ァオラッ! 楽しいパーティーに俺も参加させてもらうぜ!」
「……はァ?」
思わず振り返る。
そこには、筋骨隆々の青年がひとり、満面の笑みで走ってきていた。
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