第4話

「ふう、ようやく一山超えたってところか?」


 振り返れば、眼下に小さく見えるポツポツとした町の明かりと、遠くに見える煌々と輝く甲府の夜景が目に入る。


 夕暮れの中、山を登り始めて1時間。周囲は真っ暗闇に包まれている。


 とはいえ、ここは10年近く過ごしてきた勝手知ったる裏山のひとつ。鍛錬という名の扱きで夜の山に入ることもあったし何も問題はない。幸い、今日はまだセリオンとも遭遇していないから運もいい。こりゃ、明日の明け方前には八王子までつけるかもしれねえな。


 ……そんなことを思ってしまったのが運の尽きだったんだろう。


——ギリャァァァアアアア


 突如、森に響く金属音のような不快感を覚える雄叫び。同時にドスンドスンと強い衝撃が地面を揺らす。音はだんだんと近づいているようだ。それに、この特徴的な叫び声は間違いない。


「見事なまでのフラグ回収……ッ!」


どうやら、セリオンが近くにいるようだ。それもなぜか、かなり気が立っているご様子。


 感じるエネルギー量からおそらく敵はⅥ級のセリオン。1対1なら余裕で勝てそうな相手。だが、数が多い。まとまっているせいか詳細な数はわからんが、ざっと30体はいそうだ。


 そうこうしている間に音はどんどん近づいて来る。


「こりゃ、面白くなってきたじゃねえか……!」


 ちょうど夜の散歩に退屈してたところだ! どんちゃん騒ぎは大歓迎だぜ!


 リュックを投げ捨て音の先に目を凝らす。待つこと数秒、木々の間からそれは見えた。


 体高は1m程、サルのような見た目をしているが、首から上は存在せず、代わりに胴体のど真ん中から大きな目玉が1つこちらを覗いている。


 獣型タイプの小型セリオン、エネルギー量も想定通りⅥ級クラス。


 その全身は、星が瞬く夜空をコピペして貼り付けたような、セリオン特有の『星肌』と呼ばれる肌で覆われており、夜闇に溶け込んで非常に見にくいのが厄介だ。


「まあだが、そんなの関係ねえ。目の前の敵は全て殴る、ただそれだけだ!」


 さあ! 一緒に踊ろうぜ!


 どこか必死な様子を見せる先頭のセリオン、彼我の距離は10mほど。つまりあってないようなもんだ。


 拳を握り、引き絞る。すでに敵は眼前。込めた力を解き放つように腰を切って拳をぶち込むッ。


 パリンという想像よりも硬い感触を貫き、一瞬遅れて耳に届くドパシャッという湿った破壊の音。先頭のセリオンは目玉を破裂させ、その身体を光の粒子に変えていく。


 残ったのは青黒い血だまりと、ゴトリと落ちた星が煌めく結晶体のみ。


「まずは一匹!」


 声を出せばこちらに注意が向く。仲間の死なんか気にもしないセリオンたちがこちらを向いて足を止めた。


「おいおい、足なんか止めていいのかぁ!? 案山子を殴るのなんざ赤子でもできるぜ?」


 2発、3発、続く拳で地面のノヴァを3つに増やす。そこでようやく敵も動き出したが、遅すぎだ。


 ドパンドパンと鈍い音を続けざまに響かせ、的確に敵の目玉を潰していく。



「……これで最後、っと」


 地面に倒れていた最後のセリオンの目玉を踏み抜き、ひと息つく。


 戦闘時間5分といったところか。途中、数匹森の奥に逃げて行って取り逃したが、それ以外は全部倒した。己の身体を見れば、細かい傷はいくつかあるが大きな怪我はどこにもない。初陣としちゃ文句ない結果だ。強いてあげれば、ステラビリティを獲得できなかったことが残念なくらいだな。


 息を整えた後、暗闇の中に煌めくノヴァを集めれば、その数31個。


「売れば6万ちょっとか……」


 門出の祝いとしちゃあちょいと少ないがまあいいだろう。


 金は持ってても腐らせるだけ、あるだけパーっと使っちまったほうがいい、というのはジジイの口癖だった。そのせいで家計は火の車だったが、気持ちはすげえわかる。血が同じだからなのかね? ってことは、ははッ、俺の遺伝子はクズの遺伝子ってことか。


 まあ、クズでもなんでもやることは変わらねえ。ってことで、八王子に着いたら祝杯と行こう。


「そういや、ジジイの話じゃ八王子には面白ぇ店があるって話だったな」


 なんでも、店の女の子を一晩お持ち帰りできる酒場なんかもあるんだとか。入店は成人から。だが、俺も3月に15歳となり晴れて成人。なんだってやり放題ってわけだ。


 そうとなればヤることはひとつだよな? 男の負の称号も、金と一緒に捨てちまおうぜってことよ。こりゃあ、八王子に着いてからが楽しみだぜ。


 期待に胸を膨らませつつ、八王子での楽しみを思い浮かべる。

 

 が、その時だった。


  ————ドガァァァァッッッッッンッッ―――


 遠く、山の向こうから聞いたことない程の破壊音が響く。


 なんだ? さっきよりも遥かに衝撃が大きい。急ぎ音の方を見れば、暗くて見えにくいものの、巨大な影が何かと戦っている様子が見える。


……そういえば、さっきのセリオンはどこか焦っている様子だった。もしかしたら、この戦闘音の主から逃げてきたのかもしれない。


 こんだけの破壊を引き起こすってことは、Ⅳ級は確実、下手すりゃⅢ級かもしれない。


 ……すっげえ気になる。どんなセリオンがいるんだろうか。


Ⅲ級となりゃ、どれも一筋縄ではいかない強敵ばかり。ほとんどが体高10mを越す巨大型、でかいは強いというのは誰でも知っていること。Ⅲ級から先は強さの次元が変わるとも言われるほどだ。果たして、そんなⅢ級セリオンに今の俺の拳は届くのか。


……そんなもん殴ってみなきゃわからねえよな?


「強敵に背を向けたとあっちゃ、男が廃るってもんよ!」


 好奇心には逆らわずに突き進む、それが俺の信条だ! 好奇心は猫をも殺す? 生憎、俺は猫様じゃなくて人間様だから関係ねえ!


 それに、たった一つの命の炎、燃やして燃やして燃やし尽くさなきゃつまらねえじゃねーか! 熱い炎があればどんな壁だってぶち壊せる、俺はそう信じている。


 つまり何が言いたいいかって言やぁ、


「あのデカブツは俺がいただくぜ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る