第13話 ぐちゃぐちゃ 後編

 そのときの私たちは、人間の寿命のことを知らなかったから、いろねがどんどん弱っていって、寝たきりになったときも「すぐに治るだろう」なんて思っていた。

 クロカは、いろねの寝ているベットを離れることなく、絵を描いては、見せたり、見せられなかったりをくりかえして。

 それでも、治るって信じて、いつもみたいにニコニコ笑っていた。


 いろねが亡くなったことは、本当にショックだったんだろう。

 

 それから、クロカは20年間、2階のアトリエに引きこもるようになった。


「クロカ、ごはん」

 クロカは電気もつけずに布団にくるまっている。

「……ん」

 遅れて聞こえた返事は小さなもので、私の方にふりかえることはなかった。

「大丈夫?体調悪くない?」

「だいじょうぶ」

 今度は話を終わらせたいのか、舌っ足らずだったが、返事が早い。

「……絵、しばらく描いてないみたいだけど、描かないの?」

 また、描いてほしい。また、笑ってほしい。

「……もう、いいんだよ」

 クロカはかすれた声で絞り出すように言った。

「そう……」

 私には、ごはんを置いておくことしかできなかった。


 アトリエはクロカが暴れて、ぐちゃぐちゃに散らかされた。

 唯一、キレイなままの机の上には『家と道具はゆずります。好きに使って』とだけ書かれた、いろねの遺書。


 20年の引きこもり期間をへて、少しずつ、外へ出るようになってくれた。

 ゆっくり、ゆっくりと、外を歩いていく。

 クロカは外が好きだったから、笑うようにもなって、安心したのも束の間。


 いつの日か、クロカはキズまみれで家に帰ってきた。

「どうしたの!?そのキズ!!」

 私はあせりつつ、早足でクロカにかけよった。

「……別に、その辺の妖狐にやられただけだよ」

 クロカはぶっきらぼうに答える。

「別にって、あんたねぇ!」

 私はキズをひとつずつ回復妖術で治していった。

「しょうがないって。昔からこういうのはなれっこだ」

 クロカは悲しげに、私を心配させないようにと笑顔をつくる。


 このキズを『しょうがない』で終わらせるのが。

 『しょうがない』と言ってしまうほどに追い詰められているクロカが。

 私はゆるせなかった。

 飛べないからって、バカにされて。

 妖術が使えないからって、バカにされて。

 私がいっしょにいるだけで、バカにされて。

 また、わらってくれるにはどうしたらいいの?

 

 そうだ。


 燃やそう。


* * *


 その日の夜は、いつもより星がたくさん見えた。

 山が燃えているから、明るくて、見やすくなっただけかもしれない。

 彼女の敵は、ずっと前からわかっていたのに、どうして気づかなかったのだろう。

 こんなに簡単に、解決できたじゃないか。

「……シロハ、こんなことしていいのかねぇ」

 妖狐の長のスイは、私の炎にかこまれて、ひたいにかいた汗をぬぐう。

「キツネもカラスも彼女にとっての敵なら、私が燃やしてあげるの。……もう二度と、彼女を悲しませないで」

 私は炎のいきおいをあげるために、両手をあげて、妖力をためる。

「燃えつきて」

 私の頭上に大きな火球ができあがるのと同時に、なにかに横から押し倒された。

「…ッッ、何者!?」

 おおいかぶさった黒い影は、さっきまで走っていたようで、「ハァ、ハァ」と息を切らしていた。

 黒い影は、私をやさしく、しずかに、だきしめる。


「もう、やめろ」


 黒い影はクロカだった。

 私の頭の中に疑問がかけめぐる。

 なんでこんなところに?

 なんで止めるの?

 なんでだきしめるの?

 なんで、なんで、なんで


「なんで泣いてるの…?」

 クロカはギュッとさらに力強くだきしめながら、大粒の涙を流していた。

「……私が、あいつらを見返すためのものは力じゃないし、山を燃やすことでもない」

 だきしめていた腕の力を少しゆるめる。

「絵で見返してやるんだ。それまで、集落が崩壊されちゃ困るよ」

 クロカはがしがしと、私の頭をなでる。

「私は大丈夫。大丈夫だから。痛いのはナシな」

 つられて、私も涙をこぼした。

 笑ってほしかったのに、泣かせてしまった。

 たくさんの人をキズつけた。

 こんなの彼女ののぞんだことじゃない。

 こんなの彼女を守ることじゃない。

「ごめんなさい…。ごめんなさい……」

 山の炎がきえるまで、涙をとめることはできなかった。


* * *


 さらに何十年と時は流れて、クロカがまた、人間を連れてきた。

 名前はゆかり。まだ、小さな子どもだった。

 私が、ゆかりを私たちと関わらせたくなかったのは、人間の子どもにあやかしの山は危険すぎる、というのが一つ。

 もう一つは、またクロカに落ち込んでほしくなくて、人間と仲良くさせたくなかったから。

 でも、あんなに楽しそうに笑う彼女は久しぶりで、ゆかりには本当に感謝してる。

 私はそれにあまえて、また、クロカをキズつけた。

 もっとうまくやれたはずなのに、私のせいで……

 クロカは、クロカは、クロカは!!

 ……私まで取り乱しちゃった。

 今日はもう遅いから、帰りなさい。

 

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