転生した失地王がハーブ畑を耕したら、押し掛け魔女に癒しのカフェをはじめないかと誘われました!
日埜和なこ
第1話 断頭台に現れた女神は問う「もう一度、玉座に戻りますか?」
骨がきしみ、息を吸うたび肺が焼けた。足は鉛のように重い。
手足を拘束され、冷たい石畳を歩く俺の耳に、群衆の罵声が突き刺さる。
断頭台へと続く簡素な木の階段を踏みしめる俺の頬を、冷たい風が叩くように吹き抜けた。
王都の広場に集まった群衆は、黒い波のようだ。
「失地王! お前が国を滅ぼした!」
「裏切り者め!」
「国を売った金の亡者め。地獄に落ちろ!」
地獄なら、とうに落ちている。
国のために兄王を討ち滅ぼしたあの日から、俺の日々は地獄以外の何物でもなかった。財政は火の車。土地を切り売りして帝国に助けを求め、なんとか凌いできた。そうするべきだと進言してきた臣下を信じた俺がバカだったのか。
信頼していたんだ。
にやりと笑う臣下の顔が脳裏によぎる。
「ああ……やっと、終われる。地獄から解放される」
口角が引きつり、微かに笑い声を零した。
背中を蹴られ、断頭台に膝を突く。
「俺たちの国を返せ!」
「大罪人を許すな!」
「失地王、その命をもって償え!」
鳴りやまない罵声の中、断頭台に首をかけられた。
目を閉じ、国を食い物にしてきた兄王と王妃を思い出す。彼らの不正に気付かぬふりをすれば、良かったのか。国民のために立ち上がれといった臣下を切り捨てればよかったのか。
俺は、王になどなりたくなかった。
「二度と、王になどならん」
呟いた瞬間、風が止んだ。断頭台の大きな刃が下ろされるその瞬間──
ざわめきが消えた。
何が起きたのか。俺は死んだのか?
おそるおそる目を開けると、眩い光が降り注いだ。群衆の影が滲み、薄らいでいく。世界は真っ白に染まり、静寂が訪れた。
ああ、死とはこれほど静かなのか。
それにしても、痛み一つないとは不思議なものだ。まあ、全身いたる所の骨が砕け、息をするのもやっとだったからな。今更、首を落とされたところで、大差ないだろうが……
ん?
首が落ちたのに、考えることができるというのは、どういうことだろう。
「…………?」
それに、俺は立っている。手足についていた枷はない。それだけでなく、着ていた囚人服では、ごくありふれたチュニックとズボンに変わっている。
死んだから、身なりを整えて神の御前にいけということか。
「いや、俺が行くのは地獄か……」
自嘲気味な笑みを浮かべ、周囲を見渡して道を探した。
真っ白な空間だ。王城の影どころか道すらない。それに、断頭台を囲む民衆も、処刑人もいない。ここにいるのは、俺一人のようだ。
道もないとは、どういうことか。
どこに進めばいいのかと、途方に暮れていると、光り輝く球体が現れた。それは太陽よりも眩く、春の陽射しよりも穏やかで温かい。
光は、白い空間の中でもなお輝く。あまりの神々しさに、わずかな恐れを感じて息を飲んだ。
それは次第に人の形を成した。そうして、涼やかな声が「可哀想な王様」と囁いた。
姿を現したのは、美しい女性だ。開かれた金の瞳が、俺を真っすぐに見つめる。
「……お前は?」
「気まぐれな女神とでも、申しておきましょうか」
「女神……?」
白銀の衣を揺らした女神が微笑む。
「失地王ルーファス、あなたの最後の声を聞かせなさい。望むなら、全ての時を戻すこともできますよ」
「……時を戻す、だと?」
「ええ。女神に出来ないことなど、ありません。裏切られ、陥れられた可哀想な王様の、最後の願いを叶えてあげましょう」
まるで俺を試すようなことをいう。
時を戻してどうする。もう一度、兄上を手にかけて玉座を奪い、再び断頭台に上れというのか。それとも、俺を裏切ったやつらに復讐しろとでもいうのか。
もう、血塗られた人生なんてまっぴらだ。
穏やかに微笑む女神は、その艶やかな唇を開き、再び問う。
「もう一度、玉座に戻りますか?」
「二度と王になどなるものか!」
「あなたを陥れたものが、憎くはないのですか?」
「……憎い。憎いが、そいつらに復讐して何になる? また王となり、臣下の裏切りに怯える日々を過ごすのか? くだらない」
「では、何を望むのですか?」
何をと問われ、この数年の月日が脳裏に浮かんだ。
贅沢な暮らしをする兄上とその妃。虎視眈々と、その失脚を狙う臣下たち。醜い面が次々と蘇る。
政権争いなど、くだらない。そんなことよりも……
「穏やかに暮らしたい」
「穏やかに?」
「そうだ。ハーブ……植物を育て、ハーブを摘み、茶を淹れる。そんな穏やかな日々がいい」
争いのさなか、魔法薬師の娘が淹れてくれていたハーブティーを思い出した。眠れない夜に、わずかな安らぎをくれた一杯。
俺は……もう一度、あのハーブティーが飲みたい。
「二度と王になどならん。俺は畑でハーブを育てる」
女神が微笑み、美しい指先を高く上げた。
光が集まる。
「可哀相な王様。その願い、叶えましょう」
穏やかな声と共に、俺は強い光に飲み込まれ、民衆の歓喜を遠くに聴いた。だが、断頭台の冷たさはない。体中の痛みどころか、苦しみ一つない。
光の中、意識が遠のいってゆく。
「あなたの門出に、贈り物をしましょう」
心持ち楽しそうな声が響き、温かな風が吹きぬけた。
そうして、再び目を開けた俺の前には、一軒のログハウスがあった。
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