誕生日

白河雛千代

第1話

白雪の降る季節。もうじき年越しということもあって、街は毎夜のごとく賑やかでありながら、どこか寒々しい空虚感に満ちていた。

「ハッピバースディトゥーユー。ハッピバースディトゥーユー……」

 とある会合の席で突然、友人が歌い出したので、僕らもそれに合いの手を入れていた。

 B太郎が目を泳がせながら、友人の前の空きグラスを数える素振りを見せたが、残念、彼女は甘酒で酔える人だ。そんな人に調子乗ってワインなんか飲ませるから、こんなことになっている。

 A子はA子で軽く手を合わせながら、ぽかんと口をあけて頭の上に疑問符が浮かんでいるのは明白であった。

 というのも、皆、まったく身に覚えがないのである。だから、誰もが自分ではない自分ではないと首を振りながら、困惑している。突然始まってしまった摩訶不思議な誕生日のロシアンルーレットに、僕らは額に汗の滲んだ、まるでその場に似つかわしくない不穏な顔を見合わせて、口々にささやいた。

「……誰? 誰なの? ユダは誰?」

「さぁ? てか、ユダって——」

「ひょっとしたら俺が知らなかっただけで、今日誕生日なのかもしんねぇ……」

「あとちょっとで、ディアのとこ来るから。それで分かるから」

 店内は薄暗く、目の前のテーブルには丁寧なことに友人が持参したイチゴのショートケーキが一台、丸ごと置かれ、そこに立てられたローソクの灯りがちらちらと揺れる中、僕らは楽しげな友人の歌声だけが頼りだった。

「ハッピバースディ……ディア——」

(来るぞ……)

(……いったい、誰を祝っているんだ、お前は)

「——ディア、ピーポールォヴァザ・ワーァ。ハッピバースディ、トゥーユー……おめでとう!」

 友人は歌が終わってからも、「おめでとう!」と拍手を鳴らして、ことさら楽しげに繰り返した。

「やっべ、誰だか知らない人の誕生日祝っちゃったよ、俺……」

 とB太郎が哀しげに呟き、A子はワインの入ったグラスを片手にしみじみと返した。

「なんかさーこういう感じの怪談ってないのかな、その場にいない人の誕生日を祝うと逆に呪われるみたいな」

「そんな奇特なこと誰も思いつきもしなかったんだろうね……」

 僕はA子に相槌を打ちながら、友人がグラスから口を離すのを待って、思い切って尋ねてみる。

「で……なんて?」

「ん?」

「最後最後。まず、そこから聞きたい」

「ピーポールォヴァザワーァ?」

「ピーポー? 人?」とA子。

「そうだよ?」

 友人はぽっと頬の赤く染まった顔で当たり前のように言う。

「ピーポー、オール、オーヴァー、ザ、ワールド……つまり、世界中の人々」

「なぜ祝おうと思った?!」

「なんとなく。神様だけじゃ勿体無い気がして。私、無宗教だし、ならせめてケーキに縁のあることしようと思って」

 そうして話すときだけはいつもの彼女の表情だが、今は酒が入っているゆえか、いやに上機嫌に続けた。

「いいじゃんいいじゃん。毎日だれかの誕生日だよ。こうして、ほら、通りすがりの人とかが今日まさに誕生日かもしれないでしょ——? そしたら伝えたいじゃん。今日誕生日の人、通りすがりだけど、おめでとう!」

「じゃあ、君、明日も誕生日のためのケーキ買って、呑み会やるの?」

「やりませんね」

 友人はきっぱりと言い、

「ほら! やらないじゃん!」

 そしてあまつさえめんどくさそうな目をして僕を憐れむように見つめた。

「は? なんで私がそんなわけわからないボランティアみたいなことしなきゃいけないの?」

「なんで僕が間違えたことしたみたいになってるのだろう……」

「というか、ハッピーバースデーの歌って、いざ誕生日に皆で歌うとちょっと恥ずかしくない? 頭の中はむしろ冷静になるって言うか」

「分かる分かる。カラオケで歌うのとは違うよね」

「君、今、一章まるまる熱唱してたけどね」

「それよりもさーなんかしよー。つまんなーい。誰か背筋が凍るようなことしよー」

 B太郎は突然盛大なくしゃみをしつつ言う。

「——ちゃん以外は今、まさにそんな感じだったよ」

「はは、B君ちょーウケるー」

「なにが?!」

「だいたい今日、別に誕生日とかそういう目的じゃないから」

 僕がいうと、友人は心配そうに眉尻を下げた。

「え、でも……」

「うん。皆まで言わなくても君の言いたいことはわかるよ? でも違うから」

 なんだかんだで、僕がその場はしきって、改めて皆でグラスを持ち寄った。

「じゃあ、仕切り直して……ハッピーメリークリスマース!」


 ※実は正確には誕生日ではないらしいですが、書いた後に知ったので押し通します。

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誕生日 白河雛千代 @Shirohinagic

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