まわる・鶺鴒・つぎはぎ
端切れと端切れを繋ぎ合わせて作った、つぎはぎのクッション。シャムロック・グレンヴィルが映画を観る時はそこに置かれる。狼の柄は少し頂けないが、置かれ心地は良い。
四六時中、映画を観ているシャムロックだが、とある作品を観ていた際に、個性的な鳥が作中に出てくる。
セッキー&レイレイ。鶺鴒という鳥をモチーフにして生み出されたキャラクターらしい。兄と妹なようで、彼らを中心に物語は展開していた。
聞いたことがある童話を下敷きに物語は作られているらしく、セッキー&レイレイはその物語の登場人物を積極的に助けていき、実際には悲しい結末を迎える物語を、無理矢理ハッピーエンドにしていく。
その様をぼんやり眺めながら、シャムロックは昔のことを思い出していた。
あれはカエデがまだ人間だった頃、家の中に鳥が入り込んできたことがある。その鳥をどうしたかは、残念ながら思い出せない。多分、食べてはいないはずだ。
あの頃に比べれば、カエデは自然に笑うようになり、アスターも暗い顔をすることが少なくなって、自分の家族が増えた。
血の繋がりだけが家族じゃない。共にいたいと、笑わせてやりたいと、悲しませたくないと、そう思える相手が家族なんだ。
生首となった自分にできることは少ないが、傍にいて、温もりを分け与え、話を聞くくらいのことはできる。きっとカエデの子供達が生まれれば、遊び相手にもなれるだろう。きっと目のまわる日々だろうなと、シャムロックはそんなことを考えて、静かに笑った。
鳥の結末を思い出すことも諦めた頃に、映画が終わる。そのまま放置していれば、次の映画になるが、シャムロックは少し眠くなってきた。
「アスター」
信頼のおける従者の名前を呼んだが、返事はない。この近くにはいないらしい。
このまま瞼を閉じようかとも思ったが、映画の音は少しばかり大きく、眠るのに集中できそうにない。はてどうしたものかと考え──頭部を動かしてみた。
右に左に揺れていく。揺れは徐々に激しくなり、ついにはクッションから落ちていく。
目がまわる。着地地点はカーペット。頬に当たる毛は温かくて気持ちが良い。映画の音もクッションの上にいた頃に比べれば、少しはマシだった。そのままそこで眠ることにした。
「……ロ……シャ……ク……」
夢は視なかった。ただただ暗い空間の中で、誰かの声がした。
名残惜しさを感じながら、瞼を開ける。映画の音は聴こえなくなり、いつの間にかシャムロックは、再びクッションの上に置かれていた。
「シャムロックさん」
置いたのは、アスターではなく、どうやら春花らしい。
植園春花。
最近現れたカエデの弟にして、一度会ったことがある吸血鬼、アヴィオール・シェフィールドの守護者。
肩までの黒髪は癖がなく、中性的な顔はカエデによく似ている。
「すまない、手間を掛けたな」
「いえ、通り掛かっただけですので」
それでは、と春花は立ち去ろうとする。わざわざ呼び止めて世間話をする気はシャムロックになかった。彼の瞼は未だに重い。そのまま眠ろうと思っていた。
瞼を閉じる。眠りに意識を委ねようとする──が、気になることができて、瞼を開けた。
室内にはカーペットが敷かれているが、吸血鬼の耳はその足音を拾う。春花の足音は途中で聴こえなくなった。扉の開閉音は耳にしていない。どうしたのか。
シャムロックの視界に入る範囲で、春花は足を止めていた。彼は窓の外を見ているようだ。あそこからは何が見えるのだろう。
「ハルカ」
呼び掛けると、彼の目がシャムロックへと向けられる。カエデであれば首でも傾げていそうな、何かに対して疑問を抱いているような空気を感じた。
「シャムロックさん。アスターさんと姉さんは、どこに向かっているんですか?」
「どこ、だと?」
「山に向かって、坂道を登っているんです。アスターさんが姉さんを抱き抱えて」
「ああ……」
春花はまだ知らない。
彼らの向かう先に、何があるのか。
どのタイミングで教えるのか、そもそも教える気があるのか。
ひとまず今は、その時ではない。
「ちょっとな。まあ、気にしないでくれ」
「……はい」
ほんのり不服そうな顔をして、春花はその場から去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます