つぎはぎ
今日もカエデの姿はなく、アスターは忙しく動き回り、シャムロックは映画を観ていた。
生首状態の吸血鬼。
魔法使いにより、胴体と離され、頭部だけを残して生かされている者。
植園紅葉はそのやり方を知りたがり、私はそれを知っているかもしれないカエデ・グレンヴィルを探る為、ここにいる。
書庫で借りてきた書籍はどれも、魔法に関して勉強になるものが多かったが、肝心の生首に関するものは、今のところ見つかっていない。まだまだ目を通していないものがあるから、焦らず調べていこうと思う。
食事の時以外はずっと、部屋で文字を追っていたが、少し疲れてきて、何か飲もうとリビングに行った。
その際、シャムロックの後頭部が目に入る。
ソファーに置かれた生首。背もたれがあるソファーだから、普通なら目視できないものだが、今日はその後頭部を拝めた。
はて、と近付いてみれば、何てことはない、クッションをいくつか積んでいたようだ。
「ハルカか。本は飽きたのか」
気さくに話し掛けてくる生首。だが私は、すぐに返事をできなかった。──クッションから、目を逸らせない。
違う柄の端切れと端切れを縫い合わせて作ったと思われる、つぎはぎのクッション。どれも柄は違うというのに、端切れ一枚一枚に、多種多様な狼が描かれていた。
狼。
狼は、とても──良い。
クッションに手を伸ばし、そっと狼に触れる。私の指が撫で上げた狼は、可愛らしく笑みを浮かべている。
ハルカ、と何度名前を呼ばれたのか。私はどの呼び掛けにも答えられなかった。
「カエデの手作りなんだ」
そんな言葉だけは耳に入って、そこでやっと、シャムロックの存在を思い出す。失礼しましたと頭を下げれば、気にするなと言われた。
「こういうクッションを作ったり、巾着やカバン、たまに服を作ったりしているんだ。カエデの部屋に、似たような柄で作った小物が余っていると思うが、お前、欲しいか?」
私は少し迷った。それはなんと魅力的な提案だろう。狼の小物。女々しいかもしれないが、正直常に持ち歩いていたい。
狼。狼。狼。狼。狼。狼。
私は頷いていた。それならオレを持ち上げてくれとシャムロックは言う。カエデの部屋に案内してくれるらしい。
シャムロックを抱え、彼が指示する通りに歩いていく。
生首は程好く温かい。おそれながら、アヴィオール様を抱えた時と同じような心地好さを感じた。
そういえば夏樹は、不敬にも冬場、アヴィオール様を抱えて眠ることが何度かあり、父に叱られることが多々あった。
「ハルカは、狼が好きなんだな」
そろそろカエデの部屋に着く、という時にそう言われた。その言葉で、私は……小物をもらうのはやめることにした。
来た道を引き返し、ソファーの上のクッションにシャムロックを乗せる。
狼は、また今度。
不思議そうな顔をするシャムロックにそう言って、私は自分の部屋に戻ってきた。
元々の目的であった飲み物のことを、こうして書き記すまで忘れていた。頭の中は今でも、狼のことでいっぱいだが……駄目なんだ。
吸血鬼と人狼は敵対している。
特に、グレンヴィルの吸血鬼を、人狼側が激しく憎んでいるらしい。人狼の中で王族の立場にある、グロスターの人狼を一匹、とあるグレンヴィルの吸血鬼が殺めてしまい、以来敵対しているようだ。
吸血鬼は魔法使いと手を組み、
人狼は魔術師と手を組む。
吸血鬼がいなければ魔力を操ることもできないくせに、我が物顔で行動する魔法使いを、自力で魔力を精製できる魔術師達は忌み嫌っている。
魔法使いを駆逐すべく、魔法使いの魔力源である吸血鬼を消そうと、魔術師は人狼と手を組んでいるのだ。
私は魔法使い。
吸血鬼の敵である人狼を──狼を好きになるなど、許されることではない。父にも厳しく言われてきたし、アヴィオール様にも良い顔はされなかった。
夏樹だけは、何も言わなかったけれど。
狼に関わるものを持つなど、駄目だ、駄目なのに、私は、私は……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます