生首と■■の話

黒本聖南

開幕

むかしばなし

 ──その昔、男には妻と娘がいた。


 家同士の繋がりを強める為、流れる血を繋いでいく為、両家の繁栄の為、ただそれだけの為に行われた婚姻。

 男は妻を大切にしたが愛さなかった。生まれた娘を可愛がったが愛さなかった。

 全ては家の為に──家で代々守ってきたものを、これから先も守っていく為に。そこに愛は必要なかった。


 ──吸血鬼。


 文字通りの血を吸う鬼。男の生まれた家は、吸血鬼を大切に守り、囲ってきた。吸血鬼の力が必要不可欠、吸血鬼がいなければ家が終わってしまうから。

 吸血鬼の流す涙は特別なのだ。彼らの流す涙には魔力が込められ、それを人間が飲み込めば、魔法を使えるようになる。

 血や安寧と引き換えに、吸血鬼はその身を人間に預け、人間は自分達を魔法使いだと名乗り始める。

 時司トキツカサ石渡イシワタリ星影ホシカゲ植園ウエソノ

 極東の島国での、魔法使いを名乗る四つの家。男は植園の家に生まれた。


 ──植園一樹カズキ


 彼の家が守ってきたのは、美しき白髪の吸血鬼。


 ──アヴィオール・シェフィールド。


 妻にも抱かず、娘にも抱かず、誰にも抱かなかった想いを、その吸血鬼に対してだけは抱けた。

 本人が自覚しなくとも、誰の目からも明らかだ。──植園一樹はアヴィオール・シェフィールドを愛していた。

 それを妻は、許さなかった。

 妻もまた魔法使い、彼女の実家には、さる秘術が伝わっていた。


 ──吸血鬼は涙を流すだけでいい。

 ──首から下などいらないだろう。


 治癒能力、再生能力の高い吸血鬼ではあるが、そんな能力を阻害し、生首の状態にする術を知っていた妻は、アヴィオールに実行する。


 ──アヴィオール・シェフィールドは生首になった。


 生首になっても血を求め、魔力の込められた涙を流す。

 一樹は、妻の所業を許さなかった。

 妻を捨てた。娘を捨てた。生首となった愛する者を抱えて出奔する。

 各地を巡っていきながら、一樹は次を考えた。

 ただの人の身ではいずれ亡くなり、吸血鬼になれば守り抜くことができないかもしれない。

 次だ。とにかく自分の次を作らねば。その思いから、適当な女を見繕い、子供を生ませる。

 作ったのは二人、母親違いの二人の息子。生ませるだけ生ませたら、妻の二の舞にならぬよう、女達から自分と子供の記憶を消して、傍を離れた。

 魔法に頼りながら息子達を育て、アヴィオールを守り、そして──息子達が十五歳になる頃、病に倒れた。


◆◆◆


「……貴方は、死ぬのか」


 初老の男が横たわる布団。その枕元に置かれているのは生首。豊麗な白髪が特徴的な、あどけない少年の顔をした生首だ。

 声変わりもしていない声で紡がれた言葉には、返事があった。


「残念な、ことにね」


 聞こえてきた声は掠れていたが、まだ会話が可能なようだ。残り時間がどれだけあるのかは分からないが。


「貴方とはどれくらいの付き合いになるのか」

「僕が、生まれた時からだから……うんと、長いだろうね」

「小生にしてみれば、ほんの一瞬だ」

「どんな時よりも、濃い一瞬に、なれたかな?」

「……」


 明確な答えは返ってこなかったというのに、初老の男はひどく満足そうに微笑んでみせた。そして、手を動かそうとしているようだったが、布団から出すほどの力は残っていないようだ。

 そのことに気付いた生首は、何か言いたげな顔をしたが、何も言わず、静かに初老の男を眺めていた。

 やがて、初老の男は手を動かすのをやめて、微笑みを浮かべたまま、生首を見つめ返す。


「……アヴィオール、様」


 その声は掠れていたが、柔らかさも確かにあった。──ありったけの愛が、あった。


「後のことは、あの子達に、任せて」


 ──昔々、男がいた。


「こんな身の上だ、頼らざるをえない」


 ──男には、生まれた時から守らねばならぬ者がいた。


「椿さんが、ごめんね」


 ──妻よりも、我が子よりも愛した者がいた。


「今となっては、どうでもいい」


 ──男は自分が死んでも、守りたい者を守り抜く為の術を残した。


「未熟な、子供達に、君を、任せるのか」


 ──自分の想いに一番鈍感で、他人のこともどうでもいい。


「貴方が育てた息子達だ、信頼している」


 ──ただ、守りたい者が無事にいられれば、それで良かった。


「それなら、良かった」


 ──植園一樹。


「……カズキ」


 ──生首となった吸血鬼を抱えて、家や家族から逃げた魔法使い。


「アヴィオール、様。少し、喋り疲れた」


 ──そんな男が、確かに、ここにいた。


「……眠るといい」


 ──最愛にして唯一の者に看取られて、男は永遠の眠りに就く。


◆◆◆


 ここから先は、未来の話。

 男の愛した者と、男が愛さなかった者達の話。

 そんな者達が、■■となるまでの話。

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