第20話
目を覚ますと、まだ窓の外は暗かった。
俺の髪を撫でてくれている手に気づき、課長の方を見る。
藤「…大丈夫か」
直『はい』
藤「体…少し拭いた。シャワー浴びるか?」
直『そうですね。じゃあ』
藤「?」
直『一緒に入りません?』
首をかしげて、のぞきこむように聞いてみる。課長が笑った。
藤「うん」
今はこんなに優しいのに、どうして抱き合ってる最中はあんなキャラなんだろ。
疑問に思いつつ、それを知ってるのは俺だけだとも思うから、笑いがこみ上げてくる。
藤「なに笑ってんだよ」
直『うふふ…べつに。ね、チェックアウトって何時でしたっけ』
藤「はぁ~……もう、ほんっっとに、おまえは!」
直『へ?』
寝転がったまま抱きしめられた。
え、俺なんか変なこと言った?
戸惑っていたら、耳のそばで小さな声がした。
藤「おまえを閉じ込めて、俺だけのものにしたいよ」
直『え…』
藤「ここがホテルじゃなかったら…、ずっと、おまえと一緒に籠もっていられるのに」
いつか課長が俺の首につけた、黒いベルトを思い出す。あれはさすがにぶかぶかだった。
でも、ちょっとだけ“課長に飼われている”感があって…ほんの1時間にも満たない時間だったけど…抗いがたい魅力があったっけ。
直『俺のこと、独り占めしたいですか』
藤「……つまんねぇこと言っちまったな。悪い、忘れてくれ」
直『いいえ。嬉しいです』
藤「…そうか」
直『でもね課長。俺、もし課長に閉じ込められて、家の中で課長のことだけ考える生活になったら…。やっぱり嫌ですよ』
そう言ったら、課長がメガネの奥の目を細めた。
怒ってるかな。それとも、そりゃそうだろって意味かな。分からないから、俺はさらに続ける。
直『だってそしたら、仕事してる課長が見られなくなっちゃう』
藤「え」
直『会社で一緒に働けない。話も出来ない。一緒にお昼食べたり、コーヒー飲んだり、打ち合わせしたり、人と会ったり。あと、こうやって一緒に出張することもない』
そこまで言ったら、課長も何か分かってくれたみたいで。
ゆっくりとメガネをとり、俺をこつんと叩いてくる。
直『あと…、会議室とかに無理やり連れ込まれることも、なくなっちゃいますね』
藤「へ~え?おまえ、ああいうの好きなんだ」
面白そうな声とともに眉毛があがった。
あぁ、かっこいい。不機嫌そうな顔もいいけど、この人の笑顔は本当に魅力的だ。
藤「会議室か…。窓の近くがイイの?」
直『え、え~…それよりは…資料室の方がよかったかな…』
藤「へぇ。どうして」
直『だって…、資料室が初めてだったから』
藤「……」
直『課長が俺に、初めて…その、してくれたの。資料室だったじゃないですか』
話しながら、課長の手が俺を撫でまわす。
息が上がらないようにしたいけれど、俺の体は課長に正直だから。
直『ぁ…、課長…ねぇ、チェックアウトの時間は…っ』
藤「午後まで取ってる」
直『…あっ』
暗い部屋の中、一糸まとわぬ2人が絡み合う。
夜は長い。
今日はまだ、始まったばかり―――
【完】
※7月24日にいったん書き終えた後、いただいた感想の中に「課長ロス」なる素晴らしい単語を見かけまして(笑)
そうかロスか…それは書かなきゃ…!みたいな謎の使命感とともに書いてみました、11月編でございました(^^)
蛇足で大変申し訳ございません~
◆あなたの手【完結】 雪恵 @yukie01
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