第8話

直『……ん……』

藤「お。気がついたか?」



ぼんやりと視界が開く。暗い部屋のなかで、課長が心配そうに俺をのぞきこんでいた。



直『かっ…かちょ…!!え?え?ここどこ…?』

藤「あぁ悪い、ここは俺んち」

直『ええっ!?ご、ごめんなさい…え、俺…』

藤「覚えてないか?駅でぶっ倒れてさ、ヤバいと思ったからタクシーで連れてきた」

直『すみません…ご迷惑を…』



あたふたと混乱する俺を、課長は黙って見ている。

ひととおり謝ったりお礼を言ったりして、再び静かになったところで、課長が「もう少し寝てろ」と部屋を出て行った。


ここは課長のベッドか?

今、何時だろう。寝床を奪ってしまった…



藤「ほれ」

直『え?』

藤「それ食って、とにかく休め」

直『………』

藤「びびんなくても、何もしないから」



くすっと笑って、課長は小さな器とスプーンを差し出した。

おかゆが入っている。



藤「コンビニで買ってきた。あと、風邪薬」

直『…ありがとうございます』



今の課長がまとう雰囲気は、穏やかなものだ。

体がだるいのは事実だし、少し喉もいたい。

自分では大丈夫のつもりでも、まだ熱があるんだろう。



藤「全部食べたな。じゃ、薬飲めよ」

直『はい』



つい数時間前にあんなことを言ったけど、俺はもともと課長自身が嫌いなわけじゃない。

むしろ逆だ。だからこそああいう風に叫んだのだ。



直『課長、おれ』

藤「何もしねぇって」

直『そうじゃなくて』

藤「何だよ。もう変なことはしない。それでいいだろ、悪かった」



そんなにあっさり行ってしまうのか。

つまり、あれはやっぱり悪ふざけの延長でしかなかったのか。


そう悟ると同時に、自分でも驚くほどショックを受けた。

何だろう。これで良かったはずじゃないか。

もう課長におかしなことも乱暴なこともされない。ひどい言葉でいたぶられたりもしない。



直『………』



そう思ったら、高い体温が少し色を帯びた。

おかしなこと。

乱暴なこと。

ひどい言葉。

資料室で、会議室の窓辺で、課長の手が俺を―――



直『…っ』



少しだけ。ほんの少しだけ。そう思いながら、たかぶる自身に指をかける。

つまらないことを思い出すから、こんなことになるんだ。早く静めなきゃ。



直『は…、はぁ…っ』



ここは課長のベッド。課長がいつも使っている布団。

そう思うだけで、取り返しがつかないほど興奮が加速していく。



直『課長……かちょ、ぉ…』

藤「なに?」

直『!!』



時が止まった気がした。

いつのまにか、部屋の主が戻ってきていた。

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