起の段

第1話

なんてでっかい家だ。

それが、秀夫くんがここに来て最初に思ったことでした。


玄関につくまでに長々と歩かされる道。

錦鯉が何匹もいそうな池。そして、何十畳あるんだと思うような部屋が続く、純日本風の邸内。

こういうの、どっかで見たことあるよな…テレビとか映画とかで。

そんな風に、他人事のように考えていたら。



直『秀ちゃん!よく来たね~。暑かったでしょ』

升「あ、…はい」



知った顔が出てきて、ほっとしました。

彼は直井さん。この家のご主人―――秀夫くんのお兄さんに当たる人から、家内のいっさいを任されているそうです。



直『今日からここがきみの家だよ。心配しないでね、何でも俺に聞いてくれていいから』

升「ありがとう」



秀夫くんには、物心ついた頃から両親がおらず、おばあさんに育てられてきました。

本当のお母さんがほしいと思うこともありましたが、大切にしてもらっている自覚はあったので、反抗するようなことはしませんでした。


そのおばあさんが亡くなったのは、先月のこと。

相談できる人もおらず、この春中学校に入ったばかりの秀夫くんは途方に暮れてしまいました。


このまま、身寄りのない子のための施設に送られるんだろうか?

そんな不安に押しつぶされそうになっていたある日―――金色の髪を揺らして、直井さんがやって来たのです。



“こんにちは。きみが秀夫くん?”



突然告げられた、『きみにはお兄さんが2人いるんだよ』という言葉。

自分を引き取って面倒をみてくれるという申し出を、断る理由はありませんでした。



升「ね、直井さん」

直『チャマでいいって。前も言ったでしょ』

升「…じゃあチャマさん」

直『何だい?』

升「俺のお兄さんていう人は、どうしてるの?夜には会える?」

直『…ああ。1人は今すぐ会えるよ』

升「ほんとに!?」

直『もう1人は出かけてる。夜遅くなると思うけど、それからでよければ』

升「もちろんいいよ!」



血のつながった弟とはいえ、会ったこともない中学生を引き取るなんて、やっぱり大変だと思うのです。

きちんとお礼が言いたい。それが秀夫くんなりの筋の通し方でした。



増「…チャマ?」

直『おう、ヒロ。寝てなくていいのか?』

増「うん、今日はわりと平気」

直『そっか、じゃお茶いれるね。あ、秀ちゃん、この人がきみのお兄さんだよ』

升「………」

増「はじめまして。秀夫くんだね?いろいろ話は聞いてるよ、大変だったみたいだね」

升「あ…、いえ、はい、その」

増「僕は増川弘明。16歳、高校2年です」

升「あ、あの、升秀夫です。中1です」



台所に隣接したダイニングに、ふわりと現れたのは―――ずいぶんほっそりとした、色白の人でした。

この人がお兄さん?何だかイメージしてたのと違うぞ。

えっと…そうだ、なんかの小説で読んだ表現。“儚げ”っていうのかな。そんな感じだ。



直『ほれ、秀ちゃんもどうぞ』

升「ありがとう。これ何?」

直『チャマさん特製、パウンドケーキの試作品だ!ありがたく食えよ!』

升「へぇ~っ。すごいね、こんなの作るんだ」

増「俺は食べるばっかりだから、たまにチャマのことお母さんて呼んでる」

升「あぁ、確かにそれっぽい」

直『…ほめ言葉と受け取っていいのか?』

増「いいんだって」

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