第二章

第4話

キスから始めるのは、そうするとチャマが安心した顔を見せるから。

そう思っていたけれど、もしかしたら一番安心しているのは俺かもしれないとも思う。



直『あっ…ぁ…ふじ、くん…』

藤「ちゃま…」



ゆっくりと、でも絶対に手はゆるめずに、執拗に。

あいつが口では嫌がるところを丁寧に撫でる。



直「いやぁ…あっ、ぁあ…」

藤「そう…もっと。もっと、全部見せて。抑えないで…」



そっと表面だけを愛でると、暗い部屋に声が響く。

撫でるというよりずっと小刻みに触れ続けて、快感を途切れさせないように。

全身を、水もないのに濡らすように。



藤「好きだよ」

直『ぅぁ…はぁっ、あ、ぁ…や、んっ…!』

藤「あれ?どうしたの、もうイキたい…?」

直『あ、あぁ…っ、』

藤「好きだね。またこないだみたいに、何回もイキたいの」

直『はっ…ふ、藤くんも、いっしょ…に…』

藤「チャマがいくとこが見たい」



動きは止めない。

チャマが俺をほしがって無意識に動く、それに合わせてまた俺も全身を打ち込む。

白い肌がさらにくねる。


あぁ、ここを全部汚してやりたいな。

でも中を全部俺でいっぱいにしてやりたい気持ちもある。

どっちも出来ればいいのに。全身に俺を浴びせてやれればいいのに。



直『あっ、あぁん!あぁ…』

藤「ちゃま、ちゃま…!!」



行為の終わりとほぼ同時に、夏の夜は終わりを告げる。

朝はもうすぐそこだ。



藤「ごめんな。またおまえのこと怒らせちゃったな」



汗で張りついた髪を撫でても、事後にどれだけ愛を囁いても、とっくに夢の世界に堕ちた耳には入っていかない。



藤「俺、これでも必死なんだよ。頑張って、戦ってるんだ」



音楽という化け物と。

世間という不可解と。

自分たちを自分たちとして繋ぐために、曲と声とギターと…



藤「でも…おまえから見れば、何もしないでゲームばっかしてるダメ男なのかな」



それも仕方ないのかもしれない。でも分かってほしいと思う。

言葉が足りない自分は分かっているけれど、わがままをぶつけ合っているのはお互い様だ。



藤「…ごめんな。もう少し待ってな。俺を信じてくれてるおまえのためにも」



そう言って、俺も目を閉じる。

チャマが俺を信じて、ずっと一緒にいると決めてくれていることも知ってる。

そう思うことで安らかな眠りが訪れる気がした。







藤原基央が眠りにつく頃、眠ったふりをしていた直井由文の目がそっと開いた。


うん。分かってる。そうだよね。

藤くんのひとりごとを盗み聞きしてしまった罪悪感はあるけれど、それでも本音が聞けて良かった。


眠ろうとした時、ふと何かに気づいた。


――無音のままの電話が着信を知らせている。


出ないことは分かってるだろうに、あいつは何考えてるんだ?

そっと手を伸ばしたら、ふいに闇に細長い指が浮かび上がった。



直『!!』

藤「…誰からの電話?」



寝てなかったのか。

そう思っても、もう遅い。



藤「こんな時間にかかってくるなんて、まるで恋人からの電話みたいだね」

直『……』



何も答えらえない俺を、藤くんが優しい瞳で見つめ続ける。

動けない。電話の向こうにいるのはきっとあいつだ。



藤「…ちゃまが出ないなら、俺が出てもいい?」



暗闇を彩る光。

夏から秋にうつる夜に、その境目のような着信が続いている。

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