第3話

それからのヒロは、いつもと特別に変わったところはなかった。

ただ、4人で集まったりバンドの練習をしたり、飯を食いに行ったり、そういう時に少しだけ大人っぽく見える気がした。

いや…それも俺が意識しすぎていただけかな。






TRRRRRR.....


直『はい』

増「チャマ?」

直『うん』

増「今、藤原はいない?」

直『バイトだよ。知ってんだろ』

増「それでもいるかもしれないじゃん。あいつのことだから」

直『確かにね。ふらっと理由もなく休んでる時あるから』

増「だよねー」



ヒロから電話が来るのは、なぜか決まって俺がひとりで家にいる時だった。

泣きたくなるほどではなくても、なんとなく心が落ち着かない時。



直『えー、だからさぁ』

増「うん。うん」



つまんないバカ話でも、ヒロに聞いてもらうだけで、胸の内が軽くなるような気がする。

実際、電話を切りたくないなと思うことも多かった。



増「じゃあ、またかけるね」

直『…うん』



さみしがっちゃいけない。こんな風に思っちゃいけない。

そもそも、好意を示されているんだからきっぱり撥ねつけなきゃいけないのに。



直『……』

増「…ちゃま?」



いつもより少し低く聞こえる声。

俺から通話を終えるのを待ってくれるさりげない気遣いが、優しさではなく苦しさに変わる。



増「どしたの?」

直『…なんでもない』

増「嘘つき」

直『…うん。嘘』



ヒロの想いを都合よく利用しちゃいけない。藤くんに対する裏切りになりかねない。

そう思うのに、俺の指は電話を切りたがらないんだ。



増「電話、切りたくないの」

直『……』

増「ねぇチャマ。藤原のこと聞いてもいい?」

直『へ?』

増「あいつはどうやっておまえを口説いたの」

直『く、口説くって…そんなハッキリしたことは…っていうか、ほら、先に好きになったのって俺の方だし』

増「あぁ…そうだね」



ヒロの口調はどこか怒ったように聞こえた。

怒り、悲しみ、嫉妬、でもその中にあきらめは無かった。

それがひどく嬉しいと思う俺がいて、もう止まらないのかもな、と泣きたくなった。


藤くんのことで泣きたくなる俺はどこへ行ったんだろう。

どうしてヒロのことを思って涙が出る?



増「ねぇチャマ。藤原はどうやっておまえのこと抱くの」

直『……っ、それ、は』

増「教えて。いつから藤原と寝てない?」

直『……』



すぐには答えられないぐらいの間。

闇の迫る部屋。

ここにいない藤くんと、微かな俺の呼吸と、電話の向こうのヒロの声。

止まらなかった。



直『まずは…キスから』

増「…ふぅん」



そうして、電話越しのそれは、ゆっくりと始まったのだ。

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