side直
第5話
―――夜の街で色々なことを見聞きした、自分でもそれなりの経験をした。
数年ぶりに会った藤くんはそう言った。
2人きりの二次会は、彼の馴染みだというバーだった。
藤「大学時代にバイトしてたホストクラブで、そのまま働いてるんだ。ヒロも一緒に」
直『ホスト…』
驚くとともに、なるほどと納得する自分もいた。
指の上げ下げから連なる全ての立ち居振る舞い、煙草に火を付ける時のさりげない視線、ささやくような声音、使い込まれた風合いのジッポ。
その全身を彩る何もかもが、あまりにも堂に入っていたから。
直『すごいね。…今、彼女は?』
藤「カノジョ?特定の相手って意味?」
直『うん』
藤「いない」
仕事でさんざん女性と接しているから、私生活ぐらい静かに過ごしたい。
静かに。
その言葉は、高校の時も聞いた覚えがある。
授業をさぼって爪弾いていたギター。
着崩した制服、小さな歌声、切なさを誘うメロディ。
よみがえるのは、あの頃のやるせない想い。
でも…流されちゃいけない。
直『…よくは知らないけど、お客さんと寝たりすることもあるの?』
藤「あるよ」
ごく自然に、あっさりと肯定された。
それも仕事の一部ってことか。
分かっていたつもりでも、実際に目の前にいる人がそういうことをしてると思うと、息が詰まるような感じがする。
藤「ごめんな。夢を売るなんて言えば多少聞こえは良くなるかもしれないけど、俺のやってることは、結局…」
直『……』
それ以上の言葉はなかった。
俺も何も言わなかった。
現在の藤くんを「汚れた」と言うのかどうかは知らない。
俺にとっては、そんなことどっちでもいい。
ただ、あの場から俺だけを誘い出したのはどうしてか、それが分からなかった。
俺が誘いに乗った理由は、「この人と2人きりになってももう大丈夫」と、自分の中で気持ちの折り合いをつけるため。
どうしてかって?
―――だって、さ。
藤「おまえはどうなの。付き合ってる相手、いるの」
直『いるよ。升くんってわかる?ほら、さっきの一次会にもいたでしょ』
藤「…え?」
曖昧なままだった過去をちゃんと整理すれば、きっと秀ちゃんも喜んでくれるだろうから。
…決して、懐かしい疼きとか、一瞬でよみがえった甘い痛みとかに、つられたわけじゃ…ない。
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