AIに頼る恋は間違いですか?

まめいえ

第1章 AIなんか頼らない

第1話

「最近みんなAI、エーアイってうるせぇよな」


 学校の帰り道。

 すれ違いざまに女子生徒たちがAIがどうとかしゃべっているのが耳に入った。

 俺は無意識のうちにつぶやいていた。


「そう? いつきもエーアイ使ってみればいいじゃん」

「エーアイねぇ。……俺はそんなものには頼らないね」


「実は……俺さ――」


 隣を歩く友人の岡田おかだ裕太ゆうたが笑みを浮かべながら、ポケットからスマホを取り出す。指先でささっと画面をなぞり、映し出された画面を俺に向けてきた。


 ――AIアシスタント「アリス」。


 最近話題のライフサポートAIアプリだ。


 なんでも、生活がよりよくなるようにアドバイスしてくれるものらしい。インターネットやテレビ等で「生活の質が向上しました」とか「健康的な生活が送れるようになりました」などといったコマーシャルをよく見かけるようになった。年配の人たちにとってはいい話し相手にもなったり、子供の見守り機能がわりとしても使えたりすると、世代を問わずに利用者が急増しているようだ。


 ま、俺には必要のないものだけど。


「これがまた、結構使い勝手が良くてさ。最近、勉強も調子がいいんだ」


 祐太がこれ見よがしに「アリス」に向かって話しかける。


「アリス、今日の俺の学習の予定は?」

「……夕食後、2時間の学習を行いましょう。今日の授業の復習を準備していますよ」

「ありがとう」


 しゅっと画面をフリックしてホーム画面に戻すと、祐太が俺を見た。


「こんな感じでさ、アリスが勉強のサポートもしてくれんの。宿題もわかんないときは解き方のヒントをくれるんだぜ。それだけでも入れる価値があるって!」


「いや、俺はいい。宿題なんて授業聞いていればわかるものばっかりだろうに」

 俺は首を横に振った。


「はいはい……そりゃ頭も良くてスポーツも万能でマッチョな樹様にはAIなんて必要ございませんね! 失礼いたしました!」


 祐太は冗談まじりに笑いながら、スマホをポケットにしまった。


「あ、でも筋トレのメニューとかもアリスが考えてくれるかもしれないぜ」


 矢庭やにわに、ぽん! と、さもいいアイデアが浮かんだかのように俺の肩を叩いてくる。


「必要ない。筋肉は自分との対話の中で育まれるものだからな」


 俺が右手を曲げて、力こぶを作る。自分で言うのもなんだが、半袖のシャツの先から盛り上がる上腕二頭筋はかなり仕上がっていると思う。自慢げに雄太に見せつける。


「ははは、さすがにその筋肉にAIがつけ入る隙はないな!」

「だろ」


「ところで、今日の町センの授業さ――」


 話題はAIから、今日学校で起きた出来事へと変わっていく。祐太とこうやって馬鹿話をしながら帰るこのひとときが、俺にはたまらなく大切なんだ。



 俺の名前は朝霧あさぎりいつき英藍えいあい学園に通う高校二年生だ。


 AI全盛期の現代。右を見ても左を見てもAI、エーアイという言葉が飛び交っている。だが、正直言って俺はAIなんて必要ないと思っている。


 AIが生活をサポートしてくれる? 自分で考えて行動する機会が減るじゃないか。

 勉強を教えてくれる? もともと勉強って自分で考えてするものだろう。

 筋トレにAIを活用? ……ちょ、ちょっと面白そうだけど、自分の体のことは自分が一番わかるはずだ。


 俺のクラスでもAIアシスタント「アリス」をスマホにインストールしている生徒は多い。AIが教えてくれた、AIのおかげでうまくいった――といってきゃあきゃあ騒いでいる姿をよく目にするようになったが、本当にそれでいいのだろうか。

 AIの言うとおりに行動して、AIの予想する結果どおりに事が運ぶ。AIが作ったレールの上をただなぞるだけの行動に意味があるのだろうか、なんて考えてしまう。


「ライフサポートAIアプリ、アリスと一緒に充実した生活を取り戻しましょう! あなたの生活の全てをサポートします! アリスを使わないなんて、時代遅れだぞ!」


 夕食が終わり、ぼーっとテレビを見ていると「アリス」のコマーシャルが流れてきた。可愛らしい女の子のキャラクターが、アニメ声で画面の中からこちらに向かって呼びかけている。


 AIを使わない俺は、どうやら時代遅れらしい。

 だが、それでいい。


 俺たちよりも前の世代を見てみろ。AIアシスタントなんて存在しなかった時代でも、立派に生きてきたじゃないか。俺の両親だってそうだ。子供の頃、そんなものはなかったと言っていた。


 だから、俺にも必要ない。

 自分の道は自分で切り開く。父さんが昔から言っている言葉だ。


「おおい、風呂上がったぞ!」


 威勢のいい声と共に、父さんが風呂場から出てきた。上半身裸で、腰から下はバスタオルを巻いている。少し腹は出てきているが、大胸筋と三角筋は昔から鍛えてきた名残でなかなかに隆起していた。


「もうお父さん! お風呂から上がるときは脱衣所で着替えてきてっていつも言ってるじゃない!」

 台所にいる母さんが、洗い物をしている手を止めて、眉をしかめる。


「パパさん、急激に体温が低下しています。1分以内に服を着ないと風邪をひいてしまいますよ」

「がはははは! アリスがそう言うんだから着ないといけんな!」


 父さんは自分のスマホに向かって返事をすると、そのまま自分の部屋へと歩いていった。


 ……今、アリスって言ったか?



 俺が母さんの顔を見る。母さんは再び皿を洗い始めていたが、俺の視線に気づき、苦笑いした。


「お父さんね、最近スマホにアリスを入れたのよ。そしたら毎日あんな感じで楽しそうでね」

 母さんもスマホを取り出す。


「アリス、明日の朝、洗濯はできそう?」

「明日は朝早くから雨が降りそうです。できれば洗濯は控えた方がいいかもしれません」


「あら、なら今日中に洗濯機回しておこうかしら」

「それがいいと思います。夜中じゅう、除湿機をかけておいたら明日の朝には乾いていますよ」


 ……は?


 母さんもアリスを入れているのか?


 俺が目を丸くしていると、母さんは笑顔を見せた。

「あのね、お父さんがあまりにも楽しそうだから、母さんもアリスを入れてみたの。そしたらすごいのよ! 樹もアリス入れればいいのに」


 おいおいおい。

 俺はAIなんかに頼らないって。


「はいはい」

 俺は自分の部屋に戻る。

 床に広げてあるヨガマットの上で、俺は一心不乱に腕立て伏せを始めた。

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