不本意な校門

John B. Rabitan

第1話

 今日は職員会議だったので、琉璃るりの補習はなかった。

 たいてい、夜ひとり暮らしのアパートで思い出すのは補習の時の琉璃のしぐさ。二つに結んだ髪の愛らしさ。そしていつも、亮太はため息をついてしまう。


 スマホの着信音が鳴った。


「あ、亮ちゃん?  私!」


 琉璃はいつもこう言って電話をしてくる。学校では「先生」「田村さん」 と呼び合うが。


「今日補習なかったから、淋しくって電話しちゃった」


「そうだね。でも補習なんて名目で、ほとんどデートだったりして」


 亮太が少し笑って言うと、琉璃のクスッという声が返ってくる。琉璃は高三といっても専門学校進学が予定なので本当は補習はいらないのだが、授業の内容補充ということで一日おきくらいに放課後の補習をやっている。

 教室で二人きりの補習だ。


「本当、俺もつまんなかった。聞いてくれよ。今日の職員会議、何だったと思う?」


「え? 何だったの?」


「髪を結ぶゴムの色に、緑を許可するかどうかってことで一時間討論」


「ばっかみたい!」


「だろ。俺は寝てたけどさ。最後まで許可に反対してたのが校長と幸阪」


「ばばあ校長と、幸阪のデブおやじね!」


 可愛い声で、ぽつんと琉璃は言った。

 幸阪は教務主任。しかし校長や理事長以上に女子校であるこの学園の実権者ともいわれており、校長室の隣の社会科準備室は、事実上「幸阪室」なのだ。


「で、結局どうなったの?」


「なんとかがんばって緑を許可するってことになったけど、一時間かかってやっとだよ」


 これで従来は黒と紫しか許可されていなかったヘアゴムに、緑が加わった。ほんとうならばこの決定事項はホームルームで正式に伝達される前に個別に生徒には話してはいけないことになっているが、亮太にとって瑠璃はもはや普通の生徒ではなかった。


 幸阪といえば、いつぞやもある生徒が廊下で亮太と立ち話をしていた時である。

 その生徒は学校指定外の違反のかばんを持っていた。そこへ幸阪がやって来るとその生徒は慌ててかばんを隠したのだ。


「なんで生徒指導部の俺の前で平気で、指導部じゃない幸阪先生には隠すんだよ」


 と言って亮太は笑っていたが、状況はわかっている。

 幸阪はある日の朝に昇降口で、真っ赤な違反のかばんを持った一年生の生徒からそのかばんを取り上げようとしてもみあいになったこともあった。

 取り上げられたかばんは生徒指導部に預けられたが、副部長の梅澤がすんなり本人に返してしまったので、後で理事長から梅澤は叱られた。

 その生徒は中学では札つきの番で、結局幸阪が圧力をかけて夏休み前には退学させられた。その退学さえいきなり朝の職員朝礼で校長から告げられ、それまで生徒指導部にさえ何も知らされていなかった。

 このようにすべてが秘密主義なのだ。

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