何度目の青空か?

すーぴーぱんだ

何度目の青空か?

 年に二度春と秋に、中学生の頃お世話になった「川原算数教室」の川原美沙緒(かわはらみさお)さんと一緒に、1泊2日のキャンプに行く。

 場所は美沙緒さんの母親の実家から程近い、東京都西多摩郡檜原村(ひのはらむら)にある、キャンプ場「ロッヂ神戸岩(かのといわ)」。教室の生徒達を引率する前の下見という訳だ。

 高校進学と同時に一人暮らしを始めたので、今では殆ど重宝されなくなった料理の腕(中学の時は調理部兼任だった)を、全力で振るえるのが嬉しくて―私、結城馨(ゆうきケイ)は、毎回参加している。

 尤も一番の目的は、夜も更けた頃、ナチュラル・ウッドロール・テーブルの上にフォレスト・ランタンを置き、自分で挽いたブレンド珈琲を、キャンプ用のシルバーのカップに入れて両手を暖めつつ…

 リクライニング・ラウンジチェアに背をもたせて、使い込まれたファイア・グリルに井桁型に置かれたくぬぎの薪の焔を眺めながら―

 誰にも邪魔されずに、美沙緒さんとお話しをすることだった。

「『ホンビノス貝のレモン&ウイスキー蒸し』だっけ? ハマグリより肉厚でさ。大蒜も少し効いてて。美味しかったね」

 美沙緒さんが薪を焚べながら言う。

「あっ、どうも」

 我ながら愛想のない娘だ。

「教室の選抜方法って、抽選クジ併用なんですか」

「そうよ」

 美沙緒さんがカップの縁に形の良い唇を近付けて言う。

「ケイの頃は申し込み順だったけれど。同じ学力なら運の強い子を採ろうと思って。入試の時に得意分野が出題されるかなんて、運以外にないでしょ?」

 確かに。

「後は野生児っぽい子かな」

 何すかそれ?

 美沙緒さんは新しい薪を手に取って焚べた。斧で割られた跡の幾何学模様が美しい。

「受験は体力勝負だからね。難しい問題にも好奇心を持って取り組める子なら、自力で幾らでも伸びて行けるし」

 時折、木のはぜる音が、夜の静けさの中に打たれた句読点のように心地良い。

「まだ、文系志望なの?」

「ええ、まあ」

 父親が大手予備校の現代文講師で、母親が元・私立女子高の古文教師。他に兄弟姉妹がいないものだから、私が国語教師の跡を継がないといけないのかなと、子供心に思っていたのだが。

 こうして未だに「川原算数教室」に出入りしている辺り、美沙緒さんに数学の面白さを教わって以来、将来は数学者になるという、子供の頃からの夢を諦め切れずにいると言えた。

 不意に美沙緒さんが新しい薪を私に手渡すと、澄んだ瞳でじっと見て言った。

「ケイが自分のことを後回しにして、周りの人の為に尽くすのは、凄く偉いと思うよ。でもそれは、周りの人の為にならないし。何より、ケイ自身の為にならないんだよ」

 それには答えず、私は黙って薪を焚べた。少し焔が上がって煙が舞い、立ち昇ったのだった。

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何度目の青空か? すーぴーぱんだ @kkymsupie

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