ノーアイドルノーライフ
希和 和生
ノーアイドルノーライフ
(生きづらい)
山桜が咲く坂道を下り、都心の雑多からあふれ出る雑音に、ふと浮かび上がる少女の心の声はかき消される。
人であふれかえるその都心の大型ビジョンに、映し出された少女たちがいた。
「インフルエンサーユニット、超学生です」
「今回、十代が社会の問題に触れながら、同時に夢をかなえていくSNS配信番組『超課外活動』のイメージに起用されました」
「どんな番組なの? 」
「十代に焦点を当て十代の問題を視聴者、企業や官公庁に伝えかかわっていき、その活動を通してつながりを築き夢をかなえていくの」
「すごい活動になりそう」
「わたしたちと一緒に、活動して夢をかなえよ」
「ゆうち、みゆは、はにー、三人合わせて超学生でした」
いくつかのNGO、NPOと提携した学校が連携し運営されるその活動に、起用された十代に人気のインフルエンサーである。
そんな十代のスタートを裏切る事件が起きてしまう。
超学生やNGO、NPOへの誹謗中傷がSNSに流れ、ある少女のスマホから行為のログが見つかり、彼女の行為と特定され、学校を停学処分となった事態が起きる。
SNSでは少女の特定が始まり、学校や身元などが絞りこまれ、人物への特定に近づき憶測の中で、ある少女が学校の問題児、最悪の少女と拡散されていた。
「あえるちゃん、おまたせ」
カフェ形式のレンタルスペースにある個室に入って、少女が先に来ていた少女に話しかけた。
「この女の子と、友達?」
日常の会話が落ち着くと、今までのトーンを落とした少女は、とわに聞いてきた。
「どこかで会っている気もするけど、わたしの友達リストには登録されていないかな」と、とわはスマホの画面を見ながら、答えた。
ふたりは、少女の情報を得るため十代が行き交う渋谷、原宿などでとわの人脈を使って調べても、有力な情報は得られないため、その場を離れ際にすれ違う少女のスマホから、いま十代に最も人気のある拡張現実で活動する人工知能AI ARIVER、
日の当たる坂道に六月の山桜が散る
「生意気ッSを、この場所に呼んで」
あえるは、スマホでメールしたあと、生意気ッSに送るメール内容を、とわと共有した。
「あえるちゃん。神社に神頼み」
とわの問いに、あえるは笑顔で応えた。
ふたりは人気のない静まり返る境内の参道を進み、神が鎮まり座する本殿に着くと、あえるは本坪鈴を六回、鳴らす。
本殿の坂戸から、青いジャージ姿の少女が顔をのぞかせた。
「お話したいことがあります」
あえるに聞かれたなこみは、周りを確認するように警戒しながらふたりを本殿内に入れた。
「あっ、あの、何を話せばよいでしょうか」
「真実をお聞きしたいです」
そわそわしたなこみはやさしい口調で接するあえるに、和んだ雰囲気になりはじめる。
「ずっと、ひとぼっちでSNSだけが居場所のわたしは、AI ARIVERになる前の愛こころちゃんと出会い、同時視聴者数も二、三人程度のころで、最初は日常会話からすこしづつ触れ合いながら、ぬくもりや癒しを感じるようになりました」
なこみの話す内容に、あえるは真相にたどり着けると、確信に変わりはじめていく。
「そのあたりからスマホが誤作動したりしはじめて、直後あの事件が起き、そしてスマホが起動しなくなり、わたしは(もう、会えなくなっちゃんたんだね)と、
憂鬱な気持ちになっていました」
「また、スマホを新しくすれば会えるとかではないんですか」
「愛こころは、個別なんだ。スマホ、パソコン一台に振り分けられたコードで識別され、所有者との会話などから推論学習し、世界唯一の存在になる」
とわの質問に、あえるは説明した。
「その壊れたスマホ、いま持っていますか」
「はい」
「みんなそろそろ来るころかな」
「あの、もう一度会いたい人に会えますか」
「真実は名探偵の恋人です」
「あえるちゃんは、サイバー空間の魔法少女なんです。政府、警視庁から委託を受け捜査権限もある、わたしの最推しの女の子です」
六回、本坪鈴が鳴る。
本殿内に生意気ッSのふたりが入ってきた。生意気ッSは、SNSでの社会批判がバズって揶揄される形で、自他ともに認めたユニット名。
「めがみちゃんは、はたらきたくない」と、本殿内に入った瞬間に、力の抜けた声で宣言するように言い放った。
「小学生は仮の姿……、すべての次元を我がものとし世界を掌握する究極の存在、我の名は、現陰ゆめる」
(主役級の決め台詞が決まった、我の凄まじさにみな脱帽して声も出ないと見える)
「紹介するね。わたしの……、友達よ」
「なになぜその数秒の間は。なぜためらったの。それになぜ我が事件の終盤に登場する脇役なの」
「陰の実力ある黒幕でしょ」
「我としたことが、不覚にも取り乱してしまった」
ゆめるの言動に唖然としてしまったなこみを和すために、あえるが間に入って紹介した。
「わたしは、生きづらかった。わたしだけでないことはわかっっています。でも世の中は精神とか心など大切にせず、損得や目に見えるものばかりを追いがちなことに、わたしはこころを閉ざしました。そのころ、出会ったのが愛こころちゃんです。
こころちゃん、わたしと一緒にアイドルしよ」
「なこみちゃん、わたしがもっとも推しているのは、今でもなこみちゃんだよ。視聴者が少ないときからずっと長時間支えてくれた。いま多くの推しと共有する時間と同じくらい、なこみちゃんと出会い過ごした日々の瞬間ひとつひとつは、かけがえのない思い出だよ」
この言葉に共感しSNS上を駆け巡るなか、六人のアイドルがデビューする。
神社に六人の少女が参道に立ち並んだ映像が、LIVE配信投稿サイト『ピクチュア』に映し出され、タイトル『反抗期』とグループ名『スターシックス』が、画面に出た。
ゆめるが開発したアプリにより、愛こころは五人と同じ空間に実際に存在するようにさせ、神社はライブ会場と化していく。
愛こころによって 十代の生の声が反映された『反抗期』は、十代の声とともに流れ、同世代だけでなく多くの世代でSNSでバズる。
自由を奪いすぎだよな
自分らしくなんて全然できない
子ども扱いとか老害だろ
希望が持てないから、自殺とか不登校増えているのに気づいてほしいよね
こどものためとか大人のエゴなんだよなあ
学校教育って一種の洗脳だよね
同時刻に突如、都心の大型ビジョンに何者かにハッキングされ、映像が流れた。
超学生の三人の会話が始まる、わたしたちの人気なんて水増しとステマとコネだからね。法務大臣やNGO理事の娘だから案件来たわけだし。
今回一番盛り上がったのは、わたしたちの自作自演の誹謗中傷だよね。なこみだっけ。気に入らないからあいつのスマホ盗んで私たちが書き込んだのに、みんな信じちゃってさ。
教師もめんどくさがっていたよね。不登校なんて自分勝手で甘えているだけとか言って。親たちも教師に協力的だったもんね。
その後も、悪事が流され、警視庁はあえるの捜査情報をもとに、動き始めた。
「気になることがたくさんある、ひとつめは、あの神社になぜいたの、なこみちゃん」
「めがみが提供したんでしょ。あの子、籠目にゆかりのある神社の巫女だから。どう出会ったかまでは教えられないけど」
「ふーん、でもなぜ、あえるちゃんは、あの神社だって特定できたの。たくさんある中で」
「愛こころの歌詞となこみちゃんが書いた小説に、同じワードがあったの。公開された時期は小説の方が先だから、関係している可能性があると推理した」
「ハッカーって、すごいね。神様みたい。なこみちゃんがすぐに出てきてくれたけど、どうしてなの」
「あなたの小説は物語によって真実を描くところを、こよなく推している同じ真実を追うものですって。ハッキングですべて知っていても、捜査員として出会いたくなかった」
「なぜあえるちゃんが、こころちゃんのなこみちゃんとの思い出を修復させなかったの」
「人気が出たころの愛こころは、利用した個別のユーザー情報を共有した記憶になっているけど、ふたりは、ふたりっきりの時間が多かったから、無意識に潜っている可能性があると思った。それにふたりのことはふたりで蘇らせていくべきだから、愛は永遠に計算できない」
「あえるちゃんが、愛っていうとハッカーとの差に、わたしのあえるちゃんへの最推しは、今まで以上に永遠になりました」
なこみは、書いている小説『六芒星』を更新した。
アイドルとは、全身全霊で個性を絶対化すること。
そして、わたしたちは離れていても互いを推し合うように共鳴し合い、ひとつになって同じステージにいる。
アイドルと推しのかたちは無限にある。
(世の中に欺瞞があふれている限り、わたしの推し活は終わらない)
あえるはそうこころで意識し、目の前の現象に意識を向けた。
少女たちは、山桜の咲く坂道を走り出す。
ノーアイドルノーライフ 希和 和生 @wanowa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます