第4話 —不測—

 翌朝、澄みきった空の下で、アーリンはダンジョンの支度を整えていた。


「じゃあ、行ってくるよ」

 魔法協会に寄りアーリンが声をかけると、プロテアは小瓶を一つ差し出した。


「これ、よかったら……」


「回復薬だ!」
 アーリンは目を輝かせながら受け取った。


「ありがとう、大切に使うよ」


「ダンジョンに慣れてないうちは、回復に魔力を使わずに回復薬を使うこと。魔力の節約は、ダンジョン探索の基本よ」


「プロテア、本当にありがとう!」

「はい、頑張ってくださいね」


 その言葉に背中を押されるようにして、アーリンは町の外へと足を踏み出した。


「ブリクシオン!」


 アーリンは小さく呟き、空間に浮かぶ方位魔法の光を見つめる。


「あっちか!」

 光が指し示す方向へと進む。ほどなくして、古びた石の祭壇のような場所にたどり着いた。


「ここか……!」

 アーリンが手をかざし、魔力を込めると、空間が歪み、暗黒の穴が開いた。——ダンジョンのゲートだ。


 ダンジョン内は薄暗く、少し湿っぽかった。


「イルミエル!」


 光魔法が辺りを柔らかく照らし出す。湿った空気とともに、無数の魔法石が壁に浮かんでいた。


「綺麗だな……」

 そう呟きながら、アーリンは慎重に石を回収し、奥へと進む。


 静かな時間が流れる。どれだけ進んだだろうか、ふいに緊張感が走る。


「!? やっと出たな……」


 前方に、数体の小さなゴブリンが現れた。


「キィッ!」

 鋭く鳴き声をあげながら、ゴブリンが飛びかかってくる。


「リャーマ!」

 炎が迸(とばし)り、ゴブリンたちを包み込む。


「ハハ、やったぞ!」

 倒れたゴブリンたちは、ふわりと光をまとって魔法石へと変わっていく。


「魔物を倒すと、その魔物のランクに応じた魔法石へと変わる……って、プロテアが言ってたな」


 さらに奥へと歩を進める。やがて、アーリンは立ち止まった。通路の先、広間のような場所で、数体のゴブリンが大きな魔法石を囲むようにしていた。


「……ここが最深部か。コイツらで最後だな」


「リャーマ! リャーマ!」

 次々と魔法を放ち、ゴブリンを撃退していく。


 しかし——


「くそ、魔力が……」

 足元がふらつき、次の一手が遅れる。その隙を突いて、一体のゴブリンが飛びかかってきた。


「うわッ!」

 肩に激痛が走る。慌てて回復薬を取り出し、喉に流し込む。


「プロテア……ありがとう」

(考えろ。魔力はもうわずか。闇雲に撃っても、倒しきれない)


 視線を走らせると、狭い通路が目に入った。


「おい! こっちだ!」

 アーリンは叫びながら駆け込む。細い洞窟に、ゴブリンたちが列をなして追ってくる。


「よし、今だ!」

「リャーマ!」


 一点に集中した魔法を繰り出す。轟音とともに、洞窟の中に炎が広がり、ゴブリンたちが次々と倒れていく。

その場に、大量の魔法石が転がった。


「ふう……これで全部か」

 肩で息をしながら石を回収する。これでダンジョン攻略は完了、あとは帰るだけ——そう思った矢先。


 気配を感じて振り返ると、そこに一際大きな影があった。


「ゴブリンキングか!」


(まずい、戦うには魔力が足りない。逃げても、追いつかれる……)


 思考が追いつく前に、ゴブリンキングが猛スピードで襲いかかってくる。


「ウワァッ!」


 鋭利な爪が肩から腹にかけて切り裂く。アーリンは地面に倒れ込み、呻(うめ)いた。


「……っ、逃げなきゃ」

 足を引きずりながら後退しようとしたその時、足元に何かがあたった。


「……魔法石?」

 咄嗟に、それに魔力を込め、ゴブリンキングめがけて投げる。


 ——ドンッ!!

大爆発が起こり、土煙が辺りを包む。

(魔法石の内部に残る魔力を、魔法として強制的に起動させた……!)


 だが、それでもゴブリンキングは立っていた。執念のように迫り来る魔物を、アーリンはダンジョン最深部の巨大魔法石へと誘導する。


「今だッ!」

 直前で身を翻(ひるがえ)し、ゴブリンキングを魔法石へと突っ込ませる。


「残りの魔力、全部だ……! リャーマ!」

 炎が爆ぜ、魔法石が共鳴するようにして爆発した。


 ——そして。

 爆煙の向こうで、ゴブリンキングがゆっくりと崩れ落ち、光となって魔法石に変わった。


「……はは……やった……帰ろう」

 アーリンは満身創痍のまま、魔法石を抱えて歩き出した。

 

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【モーネリア】


「おい! 誰か来てくれ!」

 モーネリアの町にて、町人の声が上がる。


「どうした?」

「魔法使いさんが、酷い怪我で……!」

 町人たちが集まり、担がれた魔法使いの姿を見て驚きの声をあげた。


「魔法使いなんて、珍しい……物好きなもんだ」

 

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 【モーネリア魔法協会】


「はぁ……今日もヒマですねぇ……っと」

 プロテアが机に頬杖をつきながら呟くと、外から騒がしい声が聞こえてきた。


「何かあったんですか?」

 扉を開けて外へ出ると、町人が駆け寄ってきた。


「プロテアさん! 魔法使いさんが、酷い怪我らしいです!」


「——まさか!」


 プロテアは走った。人混みをかき分けるようにして駆け寄る。


「アーリン!」

 地面に倒れる彼の姿を見つけ、思わず駆け寄って膝をついた。


「ほら……モーネリア復興の第一歩だ」

 アーリンが差し出したのは、ゴブリンキングの魔法石。重く、眩しく輝いていた。


 プロテアの目に、涙が浮かんだ。

(よかった、生きてる……)


 彼女は迷わず、アーリンをぎゅっと抱きしめた。


「お帰りなさい、アーリン」

 笑顔と涙が混ざった、優しい言葉だった。

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メルリン みっきり @mikkiri

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