第9話

「…不安?」


「…ううん。」


「嘘つき。」


「嘘じゃないよ。」


「泣いてる。」


いつも柔らかく笑っている彼の口元からは珍しく笑みが消えていた。

あたしの頬をつたう雫を指で拭う。


「違うよ。」


そう言いながらも頬を伝う雫が止まることはなかった。


「違うの。」


どうして?


「……どうしてこんなに愛しいんだろう?」



名前も知らない、恋人かどうかもわからない、貴方のことが。

その言葉が仕草が体温が。

どうしようもなく懐かしくて愛しくて、―――――触れてしまえば今すぐ消えてしまいそうなほど儚くて脆い。

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