◆第20話 死体に
「でしょう、だから言ったでしょ」
両手が首から離れて銀花の両肩に落ちた。
耳元に顔が寄せられ。
「もし犯人だったら本当に絞め殺したかもしれないよ」とささやく。
彼女の眼によぎる悲しい影が銀花をこわいとは思わせない。
「私の名前覚えてる?」
銀花は素直に答えるけど、彼女は首を振った。
「名前は
小村、という苗字の人は銀花は自分と父さん以外に知らない。
「私たち、血のつながらない姉妹なの。あなたは全然知らなかっただろうけど」
大事なことを言われているけどうまく意味がとらえられない。
「パペタ氏、どういうこと?」
「私は単なるパペットですよ。銀花の記憶を把握しているだけです。世界の全てを知っているわけじゃありません。神様じゃないんですから」
パペタ氏と言い合ううちに笑い声が響く。
「もっと早くに会えばよかったね――」
離々は何かを告げようとしていて、緊張を舞台に張り付ける。
犯人が明かされる――。
銀花は今から言われることを知っているような、過去にあった同じことを繰り返しているみたいな感覚でいる。離々は知っているのだ。離々が触れた首筋を本当に絞めたのが誰かを。
「ルーシーロケットの歌は知ってたよ、本当に」
核心を言いかけたのを止めた唇は慈悲深く微笑んでいる。銀花が分かるように順番に説明しようとしているのだ。彼女の視線は銀花とパペタ氏の両方に注がれている。
「マザーグースの歌っていうのは知ってたし、聞いたことのない和訳だとは思ったね。銀花の訳が私は一番好きだよ」
昔を思い出すみたいに遠くに視線をやって、本心を言っていることを示した。
「銀花が一つの舞台袖に隠れたら、もう一方が余るでしょう」
首を振るようにして離々は舞台の左右を確かめてから離々に視線を戻した。
「私は授業を受けずに保健室に登校してて、銀花の放課後の劇をたまに観てた。すると特定の男子とかち合うんだ。銀花のいない方の舞台袖で。二人とも隠れているわけだから、仕方なく相席するみたいになる。黒土が劇の終わりに拍手した時があったでしょう。あの時も私は黒土の隣にいたわけ」
離々はずっと【犯人】役の
「七夕の放課後も私たちはいて、【犯人】が現れた。私たちのお父さん」
まだ銀花はお父さんの顔を思い出せないままでいる。
「今、あながが思い浮かべている人、くれびれたおじさん」
私の手をそっと握る
「銀花たちのお父さん、なの?」
青ざめて取り乱した隻海。
「あなたは悪くない。私が悪いんだから――」
言おうとする言葉を切って、離々は先の言葉を迷っている。
銀花は死ななかった。なぜ死ななかった。殺されなかったからだ。
「お父さんがなんでここに?」
「七夕の放課後はお祭りみたいで、子どもを迎えに来る保護者が沢山いたよ。「立入証」を下げてたら校内に入れる。お父さんは……」離々が言いよどむ
「殺すつもりで?」
「そうだね」
銀花はずっとお父さんに会っていない。
「朝に仕事とかに行く感じじゃなかったから、どこ行くのって聞いたらお父さん、銀花に会いに行くって。今まで放っておいたのに、銀花に会いに行くんだもん。ずっと放っておいたことを今更になって悔やんでるんだ、愚かだね」
会いに来てくれたのか。それでも銀花は嬉しかった。
銀花は分かりかけている。お父さんは死ぬつもりだったのだ。銀花と一緒に。理由は分からないけど会いに来てくれたことはやっぱり嬉しいと思った。
お父さんはなぜ諦めたのか? 銀花はなぜ生きている?
自分への問いかけは、取り乱して恐怖に震えた声でかき消える。
「不審者だと思った、生徒が不審者に襲われてるって」
隻海が独り言のように呟く。
「だから……。止めようとしたのかよく覚えてないけど、気が付いたら、倒れてた。私が消火器で殴りつけたから」
隻海はじっと床を見つめている。
光景を眼に浮かばせるように。
彼女の視界にはきっと――倒れたお父さんがいる。
隻海は銀花を助けようとしたのだ。
銀花は床に倒れている。ただ気を失っているだけだ。
銀花は今、同じ位置にいて同じ姿勢をとった。
なぜ、そうしたのか自分ではよく分かっていない。
現実から逃げて過去の出来事を繰り返そうと空想するのと同じ。結局、過去を変えることはできはしない。でも、銀花は床の上、七夕にあった出来事を想像する。
眼をつむって床の足音を聞きながら、七夕の出来事を空想する。
優しい隻海はきっと倒れ込んだ自分に手を伸ばして、頬や首に触れ、生きているのを確かめただろう。隣に倒れた大人が立ち上がらないのを警戒しながら、彼女は……、お父さんが死んでいることを確かめた。
銀花の思考は一旦途切れた。
眼を開いたら分かるだろうか……。瞼越しに照明を感じる。
開けたくなる気持ちを今は抑えて銀花は疑問をゆっくり唱えるように胸に抱いた。
――死体はどこに消えたのか?
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