一九二〇年代

 はじめまして。

 ××町に関する怪異についての記事、たいへん興味深く拝読させていただきました。とくに□□さんのおばあ様の家での話を読んだときは、背筋が凍るような思いでした。

 というのも私が祖母から聞いた、曽祖母の話とリンクしているような気がしたからです。


 曽祖母が結婚したのは大正時代の中頃、第一次世界大戦中のことでした。

 夫は関西にあるお寺の住職をしている優しい人でした。周囲を田畑に囲まれたお寺の敷地内には本堂と墓地があり、そこに隣接した場所には墓守をしている男の家がありました。

 曽祖母はお寺に嫁いできた時から、墓守の男のことをあまりよく思っていなかったそうです。曽祖母はその理由を娘(私の祖母です)には話しませんでした。そのため二人の間に何かがあったのか、それとも単なる生理的な嫌悪だったのかはわかりません。

 祖母も幼い頃に男と話したことを覚えていました。

 幼い祖母に対しても男の口調は丁寧で、乱暴なところは少しもありませんでした。けれどやはり祖母も、曽祖母と同じ印象を抱いたと言っていました。

 もしかすると(こんなことを言うのは憚られますが)、男にはそう思わせる何かがあったのかもしれません。


 事件が起こったのは、昭和天皇が即位してすぐの頃でした。

 墓守の男の家に警察が家宅捜索に入ったのです。容疑は遺体の窃盗でした。

 深夜に墓をあばいて、遺体から頭を切り取り、そのうえ胴体を切り開いて肺を取り出していたというのです。男はもぎ取った頭から脳漿を取り出し、万病に効く薬として。脳と肺は黒焼きにして梅毒や肺病に効く薬として薬屋に売っていました。

 販路は広く、近隣の薬屋だけでなく東京や中部地方の△△県(筆者注。春江さんの祖母の家があった場所)からも注文があったと聞きます。

 男の家に踏み込んだ警察は絶句したそうです。

 狭い家の中には、腐りかけた生首がいくつも転がっていました。机の上には真っ黒に焦げた肺や脳らしきものまで。

 男はこの地獄のような場所で生活していたのです。


 祖母は曽祖母からこの話を聞いた時、あることを思い出したと言っていました。

 それは男が懐から小瓶のようなものを取り出している光景。男は恍惚とした表情を浮かべながら小瓶の中の茶色い液体をすすっていたのです。

 今となってはわかりませんが、もしかすると脳漿を用いて作られた薬だったのかもしれません。

 警察が来たときにはもう男の姿はありませんでした。逮捕されそうな気配を察知して逃亡したのでしょう。

 警察はすぐに男を追いましたが、捕まえることはできませんでした。


 男が発見されたのは、それからいくらか経った頃のことでした。

 男は井戸の中で溺死していました。

 男の遺体が引き上げられた後、どういうわけか井戸の中から蛾が大量に湧き出すようになったそうです。

 男が死んでからしばらくして、曽祖父も亡くなりました。水田に顔をつけた状態で事切れていたのを村人に発見されました。

 曽祖父が死んでしまった理由はわかりません。事件に関わっていたからでしょうか。それとも単なる不幸な事故なのでしょうか。私の家系の人間の多くが、水に関わる事故や肺の病気で亡くなっていることと、何か関係があるのでしょうか。

 今となっては、すべて藪のなかです。


 以上が、わたしが祖母から聞いた話なのですが、最後に一つだけあなたに聞いておきたいことがあります。

 あなたは“肺”というと、どんな形のものをイメージしますか?

 ラグビーボールを半分に切ったようなものを想像するのが一般的だと思います。

 ですがご存じでしょうか。

 人間の肺には切込みがあり、上葉、中葉、下葉に分かれているということを。

 そしてこれらを広げてみると、蛾が翅を広げた姿にそっくりだということを。


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