第4話 とても敵わない

ピザが食べたくなったらまた集まろう、とLINEを交換し、その日は何事もなく解散した。


翌日の夜、マサヒロの電話が鳴った。エミからである。


「もしもし。」


「あー、もしもし? 今、何してんの?」


「何、いきなり。ぼーっとネット見てた。」


「ふーん。じゃ、暇ね。」


「まあ、そうだけど、何?」


「あんたさ、ほんっと愛想ないわね。美術館から飛び出してきたような美人のお姉さまから電話されてんのに、そのテンション?」


「きれいなのは認めるけど、そういうマウントの取り方ってあり?」


「ふーん、生意気じゃん。じゃあ、サンドイッチなんて超イージーな罠には引っかからないよね?」


マサヒロの非常に痛い点を突いてくる。的確過ぎて反論できない。


よく考えれば、エミは同じ大学の医学部で、理学部の自分より偏差値は高い。恐らく70は超えている。


しかも、同じ大学1回生とはいえ、向こうは4つ年上である。中学一年男子が高校一年女子と話しているようなものなので、勝てるはずがない。


「生意気言ってすみませんでした。で、何のご用でしょうか?」


「昨日さ、けっこう楽しかったの。もっと話したくなっちゃった。」


「光栄であります。」


「やめて、そのキモい敬語。鳥肌立つ。」


マサヒロは、「くそっ!」、と思いながら、話す話題を考えた。


綺麗な女性からキモいと言われて、言い返せる男などいない。


もちろん、エミはそれを知っている。


一方、4つ年下のマサヒロが、それを知る由はない。



「昨日の建築話の続きだけど、コルビュジェって知ってる?」


「お、元美術部のくせに意外といいとこ突くじゃん。もちろん知ってるわよ。」


「あれって建築学的にはどう捉えられてるの?」


「あー、あれは、建築史的な側面と.....」


ここからは完全にマサヒロのペースである。


マサヒロは、会話の主導権は自身にあり、エミに対して優位性を保てていると思い込んでいる。


が、実際はエミからのツボ押しトークのリクエストに応えただけであり、マウントは全く取れていない。


結局、エミの手のひらの上で転がされているだけである。



30分ほどコルビュジェの話をし、エミの凝りがほぐれた。


凝りがほぐれてリラックスすると、エミはマサヒロのトーク手法が直感的に分かり、真似をしたくなった。


「元美術部なら、ロンシャンは好きなの?」


美術好きの理系でコルビジェ作のロンシャンが嫌いな男子はいない。


「かなり好き。だけど、あれってフランス人でも知らない山の上にあって、なかなか情報がないんだよねー。」


マサヒロは、エミに、きっかけとなるツボを押されたことに気付いていない。


「そうそう、私もロンシャンってよく分からないんだけど、あんた的には何がそんなに良いわけ?」


エミが次のツボを突いてくる。


「コルビジェ建築にしては直線が少なくて、貝みたいな形に目を奪われがちだけど、実は細部が.....」


「ふーん、さすが詳しいわね。じゃ、もうちょっと教えてよ。その建築の美術的意味は?」


「あれは教会ってところが味噌で...,,」


エミはツボ押しのコツがだんだん掴めてきた。


「あの中ってどうなってるか知ってる?」


「いや、分からない。外部の写真は結構雑誌に載ってるんだけど、内部って、そんなにないんだよねー。」


「うちにロンシャン内部を撮影した写真がいっぱいあるけど、今から見に来る?」


「え、本当に! 行く行く。」


と心地よい会話のリズムに乗せられて、これからエミ宅に行く約束をしてしまった。



が、電話を切り、冷静になって時計を見ると、現在時刻は午後10:13....。

2駅先のエミ宅に着くころには午後11:00頃になるだろう。

それからロンシャンの写真を見て、終電に間に合うのか?

というか、この時間に一人暮らしの女性宅に誘われる...、何かの罠では?

ただ罠としては分かりやす過ぎるし、向こうは男性宅に女性一人で押し掛ける人だ。

そんな女性宅に男性が訪れたとしても、変な感じにはならないだろう。

そもそも、ロンシャン内部を撮影した写真なんて、見る機会めったにないぞ。

いやいや、冷静になれ。やっぱ、時間が遅すぎる。また後日、見せてもらおう。



とウジウジ考え、


「今日はもう遅いので、また明日以降にしよう。」


とマサヒロがLINEを書こうとした瞬間、エミから、


「来る途中に、アイス買ってきて🥺。」


と、マサヒロの決断を大いにくじくメッセージが、絶妙なタイミングで来た。



「敵わない....、もう行くしかない。」


マサヒロは家を出た。

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