第3話 トラウマを一笑

マサヒロは女性に対してトラウマがある。


それは大学に入学したばかりの新歓コンパで起こった。


日本全国から見知らぬ若者が一斉に大学に集まる4月にて、入学直後にどれだけ知人を作れるかが今後の大学生活をいかに快適に送れるかのカギであることは聞いていたので、人見知りなマサヒロにとって気が進まなかったが、入学直後の新歓コンパは積極的に参加した。


大人数で行われた新歓コンパが終わるころには、複数のグループに自然に分かれており、マサヒロが所属できたグループはこの後カラオケに行くことになった。


人前で歌を歌ったことがなく、それを恥ずかしいと感じるマサヒロは、カラオケにて、この場で歌を歌わずに自然にやり過ごす方法はないものか、と真剣に考えていると、隣に座っていた女の子が、「大丈夫?、顔色悪いよ」、と声をかけてきた。


この女の子、1次会でもおしゃべりした子で、長い髪を明るい色に綺麗に染めており、それがかわいらしい顔にとても似合っており、学部は法学部で同じ大学の子らしく、そのためか、かわいらしい顔の中に知性も感じることができた。


マティスが好きとのことで、マサヒロもマティスは嫌いではなかったので、1次会でその話で盛り上がり、中高では出会わなかったタイプの女性で、マサヒロは実は少し気になっていた。


「ありがとう、大丈夫。少し疲れただけだよ。」


と言うと、その女の子から


「横になる?膝枕してあげようか?」


との提案があった。


いきなりの提案の中に、"膝枕"、という言葉にあることが引っかかったが、


「ここで横になり、女性に快方されているとなると、よほど気分が悪い状態であることを周りにアピールでき、人前で歌を歌うことを避けれられるかもしれない。」


と、普段のマサヒロではありえない稚拙な論理展開を頭の中で繰り広げた。


というのも、"膝枕"、という男性にとって女性の母性を一心に堪能できるこの魅惑的な言葉を、かわいくて気になる女の子からお誘い受けた場合、一大学生が抗えるはずがない。


マサヒロはその女の子に笑顔でお礼を言い、顔を上に向けるようにして、自身の頭部をその子の太ももに乗せ、横になった。


"膝枕"という言葉になんとも言えない至極の体験を期待したが、顔を上に向けているせいか、実際のところは、頭の置き心地が良くなく、期待したような体験はできなかった。


ただ、せっかく好意で提案してくれたのに今更断るのも悪いと思い、膝を借りたまま目を閉じてしばらく休むことにした。



すると、不意に、上に向けている顔に柔らかいものが覆いかぶさってくるのを感じた。



マサヒロは、一瞬何が起きているのか分からなくなり、当惑した。


が、すぐに状況は把握でき、自身とその女の子以外の目から、客観的に我々がどう見えているか想像できた。



サンドイッチである。



普通の男子ならば天にも昇る最上のシチュエーションだが、マサヒロは全身全霊で当惑した。


「こんな状況を望んでいない!」


"膝枕"により、マサヒロはこの女の子に好意を持ち始めつつあり、そんな自身に、より強い好意を返してくれることはうれしい限りなのだが、その好意の伝え方が余りにも直接的すぎる。


しかも、人目を忍んでいない。つまり、周りが全員目撃者となる。


「ここままだと、入学早々、変な評判が大学中に広まってしまう!」


と、この状況を一刻も早く脱したいと思ものの、顔面に感じるあの感覚にあがらえるわけもなく、サンドイッチでがっちりホールドされたまま、まるで罠にかかったように身動きが取れず、その場でなすがままになるしかない自身に、マサヒロは情けなくなった...


カラオケが終わりに近づき、ようやくお開きになるころ、サンドイッチはようやく解除された。


「大丈夫?、元気になった?」


と、その女の子は、母性本能を大いに感じさせる暖かい言葉を投げかけたが、逆にその暖かすぎる言葉が捕食者の甘い誘惑のように感じさせ、マサヒロの心を小動物のようにブルブル震えさせた。


「ありがとう、おかげさまでだいぶ元気になった。ただ、まだ少し気分が悪いから、帰るね。」


と何とか笑顔を取りつくろいながら言い、マサヒロは逃げるようにその場を去った。


後日、


「サンドイッチしちゃった💖」


という、コメントと共に、


"膝と胸で顔をしっかりホールドされた自身と、その状態にてカメラに向かってピースしながら笑顔で写真を撮られているその女子"の写真が拡散されている、


という噂を聞いた瞬間、マサヒロは顔から血の気が引き、女性に対する恐怖心とあまりの恥ずかしさに、しばらく家から出れなくなった。


-----


そんな友人の話を聞いて、エミは


「ははっ、なにそれ! 年上にタメ口きいてズケズケ失礼なくせに、小心者じゃん、あんた!」


と大笑いした。


事実だから言い返しようがない。ただ、逆に女性に笑ってもらって、マサヒロは気が楽になった。


「まあ、正論をズバズバ言う割に、程よく男前で、かわいらしいところがあり、話についていけない人をフォローしたりする優しさもあるから、女の母性本能をくすぐる“子猫ちゃん”タイプかもね。」


マサヒロは、エミが自分でも気づかなかった一面を的確に言語化してくれたことに、密かに感心した。


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