末っ子王子と末っ子迷宮

ふたつき

序幕

 昼食も終えた麗らかな昼下がり。

 遠く小鳥の声が聞こえる澄み渡った晩春の空、薄い雲が空を謳歌するように緩やかな風に流され浮いている。

 部屋全面を本棚に埋め尽くされたあまり広くない部屋の中央、ひとつだけある机に向かう子供が一人、向かい合わせに立つ絵本を持った老人が一人。


「――と、このように。求めるばかりの物に施す事は決して褒められた行いではありませぬ。しかし、だからと真に必要とする者にまで施すなと言う訳ではありませぬぞ。この本の中でも、王子のこれらの行いは――」

 

「いってるいみがわかんない」

 

 少年は老人を睨む、ゆらゆらと上半身を振る動きに合わせて短い金髪をふわふわと揺らしながら、くりっとした大きな目で。

 それでも老人の話は止まらない。やがて少年はお手上げとばかりに手を投げ出し、机に突っ伏した。

 

「わかんないわかんないわかんないわかんないぃぃ――」

 

 手足をばたつかせながらの少年の声に、老人は嘆息一つ、ようやく本から視線を外した。金刺繍の入った上品な白いローブの袖を揺らしながら、白い物が混じった長い髭を撫でつけ、思案顔である。


「分からないという事、それは理解への一歩ですぞ」

 

「?」

 

 何を言ってるのかとばかりに小首をかしげる子供。

 

「今知った事が理解できなくても大丈夫、今見た事が理解できなくても大丈夫です。それらはいずれ解っていく物なのですから」

 

「???」

 

 先程より角度が増し、一回転するかと思うほど首をかしげる子供。その様子を見た老人が目を細めてそっと笑う。

 

「つまり、不理解への解こそが賢者への最初の一歩なのですよ」

 

「よくわからないはなしばかりするアンガルフはふけいだ」

 

 頬をぷっくりと膨らませ、手で机を叩きながら足をバタつかせてそう言い返す子供を見て、目の前の老人は一層笑みを深める。

 

「その口振り、さては王と儂の話でも聞いておりましたかな?」

 

「おとうさまがアンガルフはふけいだとおっしゃっていたぞ」

 

「ホッホッホ――」

 

 老人は堪えきれなかったのか、とうとう笑い声を大きく響かせる。覚えたてだろうその言葉を使いたがる子供に、老人の笑い声はしばらく止まらなかった。子供はまたも一回転しそうなほどに首を傾げていた。



 ――◆――



「おはよう。なんだか懐かしい夢を見たよ」

 

「おはよう。藪から棒になんだい?」

 

「僕がまだお城に居た頃の夢を、ね」

 

「へー。って君、お城に住んでたのかい?」

 

「あれ、そうか、まだ言って無かったっけ。これでも僕は王子なんだよ」

 

「聞いてないよ! なんだいなんだい、そんな面白そうな話をどうして僕に黙ってるんだい!?」

 

「特に話す機会が無かっただけだよ、別に隠してたわけじゃないって」

 

「ふーん。それにしたって、王子様が何だってこんな所に?」

 

「それはまぁ、色々とあったんだけど……きっかけとしては僕が作った不思議な薬のせいかなぁ」

 

「なにそれなにそれ! 聞きたい聞きたい!」

 

「長いし、そんなに面白い話じゃないと思うけど……」

 

「それを判断するのは僕! さぁ、どうぞ! はい、どうぞ! なんなら、お茶も淹れてあげよう!」

 

「その体でどうやって……いや、出来るのか。はぁ、まぁいいか」


 そうして僕は、この場所に来るよりも前。子供の頃の話をするハメになったのだった。

 あれはそう、僕が丁度の頃だ――

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