last dance

研究員

last dance

『ねぇ、あのさ、』


深夜1時頃電話が鳴って

誰だこんな夜遅くに電話かけてくるやつは

と思いながらも重い瞼を開くとあいつからの着信だった。


あまりにも弱々しい声は、たった5文字を発することさえ躊躇しているようで、時々震えていた。その後に言葉は続かず、ごめん。と言って電話は切られた。


俺はいてもたってもいられなくて、上着を着て自転車に乗った。


深夜1時の夜は好きだ。

この世に誰もいないのではないかと錯覚するほど、静かで暗い。

こんな時間の方が好きだなんて俺も物好きだなと久しぶりに深呼吸をする。冷たい空気が肺を通って全身を巡るような感覚が心地いい。


しかし、運動不足の体にこの坂は堪える。

あいつはこの坂の上にある西洋風の城のような家に住んでいる。

この街は海に面していて、比較的低い場所に家々が連なっている。あいつの家は丘の上、崖の近くにあるから、そこだけ切り取ると、まるで映画に出てくるような、孤島にある城みたいな、異様な存在感がある。

長年この街の住人をしている俺だが、あいつが家に招待してくれるまでそんな所にあんな家があることを知らなかった。


鬱蒼と茂る木々の先にあいつの家がある。


ぜぇぜぇと息を切らしながら自転車を漕ぐ足を止められないのは純粋にあいつが心配だったからだ。




あいつと出会ったのは街の図書館だった。

俺は日中の人混みが苦手で、その日も夕方、閉館まであと少しくらいの時間に図書館に行った。

論文を書くのに必要な資料を探すために、都会から少し外れたこの街の図書館はうってつけだった。大抵読みたい本はある。読みたい本を誰かが借りているという事はないし、きっとここの司書さんと気が合うのだろう、俺が欲しい本は殆ど揃っている。

一通り読みたかった本を集めた俺は、いつもは足を運ばない書架に向かって歩いた。


俺はよく、人から

お前の作る食べ物はなんか変わってるよな

あまりその組み合わせはしないよ

と言われることがあった。


気にしていないつもりだったが、心のなかでは少し気になっていたのだろう、ふと一般的な料理のレシピ本を見てみようと思った。


この図書館には至る所に机と椅子が置いてあり、どこでも本が読める。


そこにあいつはいた。


あいつは図書館の奥の方。端っこの席に座り、何だかとても難しそうな顔をしながら本を読んでいた。

あまりにも白い肌に、真っ黒な髪、夏にも関わらずパーカーを着て長ズボンを履いていた。

あいつは俺の視線に気づかない程集中してその本を読んでいた。


一体なんの本を読んでいるんだろうと気になった俺は、近くに行き、本を覗いた。


あいつがあんなに難しい顔をして読んでいた本には家庭料理の食べ物のレシピがぎっしりと掲載されていた。つやつやに輝くオムライスの断面や、湯気を立てるシチュー。どれも美味しそうな食べ物の写真が所狭しと挿入されている。


レシピ本をこんなに難しい顔で読む人間が居るのかと俺は思わず吹き出した。


あいつはビクッと肩をはね上げて俺を見上げる。


「ごめんごめん、凄く難しい顔してたから何読んでるか気になっちゃって、失礼なことしたね。」


と俺が言うと


『いや、大丈夫です。』


とあいつは目を合わせずに言った。


俺はあいつのことが妙に気になって隣に座った。

夕日が窓から差し込んで、あいつを温かく照らしている様な。

そこだけ、明るく見えて、俺はなんだか光に触れたくなった。


あいつはレシピ本から顔を上げはしないが、居心地が悪そうな雰囲気を醸し出した。


そりゃそうだ、知らない人間に読んでいる本を笑われて、挙句隣に座られたら、俺だって嫌な気分になるだろう。


「いやぁ、俺さ、料理作るんだけど、どれも変な料理だってこの前言われちゃって」


と、思わず呟いた。


するとあいつは


『どんな料理作ったんですか、?』


と聞く。


俺は


「ん〜、そうだなぁ」


と答えると。


『それ、僕でも食べられるかな。』


とあいつは言う。


『俺、人間の食べ物食べられなくて。』


と続ける。


何言ってんだ?と頭の中はハテナでいっぱいだったが、


『食べ物を体に入れる行為が、気持ち悪くて、吐き出してしまうんです。

自分の体を、これらが形成していくって思うと、自分の体が汚く感じて、仕方がなくなります。

でも、ここに書いてある通りに作ったら、俺も何か、一品だけでも、食べられるのかなとか、考えてました。』


そうあいつは呟く。

そして、はっと顔を上げて、


『あ、ごめんなさい。君が話してくれたから、僕も何か言わないとって思って、でも、僕、初めて会った人にこんなこと言って、なんかおかしいですね。』


力なく笑って話すあいつは、もう閉館時間ですよ。と言って、何冊ものレシピ本をもって貸出口に向かった。


本を持つ腕がパーカーの袖から見えた。

折れそうな程に細く、白い。


あぁ、本当に食べられないんだなと俺は思った。




それから図書館に行くとあいつがいるか確認するようになった。


大抵あの机であの難しい顔をしてレシピ本を読んでいる。


俺は隣に座って、「どうだった?」と聞くと、

『やっぱりだめだった』と苦笑いをしながらあいつは言う。


ある日、あいつはいつもと違う場所にいた。


童話や児童書が置いてある書架の近く。

そこに座って本を読んでいた。


「何読んでるの?」


と聞くと、


『吸血鬼の本』


とあいつは答えた。


「そう、」


と俺が言うと、


あいつは


『この本は吸血鬼が人間に恋をする物語。

吸血鬼は人間にずっと想いを伝えられないでいるんだけど、ある日、相手の人間が事故にあって、血が沢山流れちゃって、死にそうになるんだ。

それを見た吸血鬼が自分の血を分けると人間が助かって。

吸血鬼の血を分けられたから、その人間も吸血鬼になったって話。』


と、いつもとは変わってすらすらと物語のあらすじを話した。


「ふぅん、」

「人間は吸血鬼になってしまって、それでよかったのかな。」


と俺が言うと、


『きっとそれで良かったんだよ』

『幸せだったんじゃないかなって、僕は思いたい。』


とあいつは俺の目を見て言った。


そして、すぐに目を伏せて、


『でも、これ、フィクションだから』


とあまりにも悲しそうな顔をするから、俺はあいつに、


「きっと、本当だよ。」


と言っていた。


「きっと本当」


『嘘だよ、吸血鬼なんていないよ。』


「きっと、居るよ。」




図書館であいつの隣に座って、本を読むという日々が続いたある日のことだった。


俺は、気になっていたとある作家の新刊を読み進めていた。

この作家は幻想的な物語を書くことを得意とする作家で、見たこともない世界が実際に体験したかのように想像できるほど、描写が綺麗だ。

やはり、この人の書く物語は面白い。

夢中になって物語を読み進めていた時、


「あっ」


と俺は指先をみた。

指先が本で切れ、血が滲む。


血で本を汚してはいけないと、俺は本から手を放し、切っていない方の手で鞄の中のハンカチを探す。だが、片手ではハンカチをうまく見つけることが出来ない。

俺は、あいつを呼んだ。


するとあいつはレシピ本から目を離し、俺の指先をみる。あいつの肩が、わずかに揺れた。

その瞬間、あいつは両手で顔を覆った。指と指の間から僅かに真っ暗な瞳が見えた。


『駄目。僕にそれを見せないで。お願い。』

『あぁ、駄目。』


あいつは酷く動揺しているように見えた。


「大丈夫、ごめん、ごめん。」


俺が何気なく言うと、あいつはゆっくりと頷いた。

視線はまだ俺の指に釘付けのままだった。


まさか、、な、。

あいつの視線の先にある俺の指からは血が滴る。

あいつは血を怖がっているようにも、惹かれているようにも見えた。


いや、、そんなまさか、、な。


どうにかハンカチを取り出し、俺は何も言わず、指を拭って見せる。

あいつが小さく息をついたのを聞いて、何もなかったことにすることにした。


紙はよく切れるな。

なんてのんきに考えていると、

あいつの緊張が解けていったのか、固まっていたあいつは、


『ごめんなさい。動揺してしまって。

これ、良かったら、使ってください。』


と絆創膏を渡してくれた。




数日後、図書館に行くと、あいつは相変わらずの表情で、レシピを読んでいた。


「何か、良い料理はあった?」


と聞くと、


『それが、実は』と言い、こう続けた。


あいつはずっと人間の食べ物を食べる練習をしているらしい。

一口でも、ひとかけらでも、口に運び、体内へ消化させている。


『作りすぎちゃって、食べられないのに、野菜も、肉も、魚も。全部悪くしちゃって。』


だから、


『あ、あのさ、良かったら一緒にご飯食べてくれない、?』


ある日、あいつの家に招待された俺は、初めて丘の上にある洋風な城を訪ねた。


そこにはあいつしか住んでおらず、理由を聞くと、最初は歯切れが悪い返事が返ってきた。


だがしばらくすると、あいつがゆっくりと口を開く。


『僕、食べれないでしょ?

、、、気味悪いんだって。

ずっとずっと小さい頃から食べられないんだ。

どうしても、気持ち悪くて。口の中に異物が入る感覚が、喉を通って、体の一部になるあの感覚が、許せなくて、全部吐いちゃうんだ。

僕さ、日光浴びると体赤くなっちゃって、火傷みたいになっちゃうの。真っ赤っかになっちゃうから、肌出せないんです。

日光にも当たれない、食べ物も食べれないから気持ち悪いって、お父さんからはなんでお前が生きていられるんだって怒鳴られたこともあったな。それで、お父さんが、この家、誰も住んでないからって、連れてこられたんです。


それ以降1人で生活しています。


でも、人間の食べ物食べられるようになったら、僕は、きっとまた、みんなと暮らせるはずなんです。』


と無理に笑おうとしているあいつは、声を震わせながら言った。


それからあいつと一緒にご飯を食べる日が増えていった。

いつもはあいつが図書館で借りたレシピを見て、その通りに作った料理を食べる。


ある日あいつは


『ねぇ、僕、ずっと気になっていたんだけど、君が作る、''変''な料理、食べてみたいんだよね』


といたずらな笑みを浮かべて言った。


俺はあいつの笑顔を初めて見たから、驚いたことを覚えている。

あ、そうかこいつ人間だもんな。笑えるよな。

なんて思って、


「分かった、今度作ってくるよ」


と伝えた。


しばらくして、俺はあいつに料理を作って持って行った。

鍋いっぱいに料理を持って城に入る。


あいつは俺の料理を見るなり、


『変な色〜』


なんて言って笑っている。


皿によそって、2人で席に着く。


「『いただきます。』」


そう言って、あいつは本を読んでいる時よりも苦しそうな緊張した表情で俺が作った料理を口に運ぶ。

すると、どんどん表情が明るくなっていくのが分かった。


「どう?」


『、、、うん、食べられる、、!』


「どんな味する?」


あいつは少し黙って、それから首をかしげた。


「、、多分、美味しくない。でも、食べられる。」


と嬉しそうに笑った。


あいつはやっぱり自分で作った人間の料理は苦手らしい。

何度もえずいて、何度も吐いていた。

でも、俺が作る料理は何故か違ったようで、喉を通っていくらしい。周りからは変と言われた俺の料理も、変で良かったのかもなと少し嬉しかった。


『ねぇ、君の作る料理って、なんでこんな味がするんだろうね。』


あいつは、皿の端を指でなぞりながら言った。


「変な味?」


『ううん。変だけど、食べられる。食べ物って、こんな味だったっけ、って思う。でも、嫌じゃない』


あいつは皿を見つめながら、ゆっくりと噛み締めるように言った。


俺の作る食べ物は、よく''変''だと言われる。普通の料理とは違うらしい。

だけど、それがどう''変''なのか、言葉にできた人はいなかった。


でも、あいつは言った。


『これなら、俺、食べられるかも』


それから俺たちは、夜の図書館ではなく、あいつの城で食事をすることが増えた。俺が作った料理を、あいつが少しずつ食べる。


一口食べるたびに、あいつは考え込む。真剣に、その味を、確かめるように。




『ねぇ、あのさ、吸血鬼って本当にいると思う?』


ある夜、あいつがぽつりと呟いた。


「ん?」


『この前、絵本読んでだでしょ?

俺あの絵本凄く好きで、何となく、君に聞いてみたくて。』


俺は、しばらく考えてから、


「いるんじゃない?」


と伝えた。


『そっか。もし、僕が吸血鬼だったらどうする?』


あいつの声は冗談みたいに軽かったけど、真剣な響きも混じっていた。


「別に、どうもしないよ」


『そっか』


あいつは小さく笑った。


『ねぇ、君の料理、本当に不思議な味がするんだよ。

こんな味、きっと、どこにもない』


「お前に合ってるのかもな」


『うん。多分、君の料理だけが、僕をちゃんと生かしてくれる。そんな気がします。』


あいつは、皿の上に残った最後の一口をじっと見つめていた。


まるで、それを食べることで、何かが変わるのを待っているようだった。




そんな不思議な関係が続いたある日、

あいつは


『僕、今度、街に出て、ご飯食べてくるよ。

君の料理は食べられるってことは、きっと自分じゃなくて、他の人が作った料理なら少しは食べられるんじゃないかなって思うんだ。』


そう、話すあいつは何だかとても嬉しそうで、


「そっかそっか、行ってらっしゃい。」


俺は笑顔で伝えた。


それが今日だったんだ。

俺は足がペダルから外れそうになりながら、必死に自転車を漕いだ。

くそっこの坂のきつすぎるだろ、、

もっと緩やかな坂にしろよ。

そんな文句を呟きながら、やっとの事であいつの城に着いた。


コンコンコン。


返事がない。


「入るぞ。」


とドアノブに手をかけ、ガチャと回す。


鍵がかかっていないのは、俺が来ることを分かっていたからだろう。


あいつの部屋は2階の奥の部屋だ。


俺は2階に向かった。


あまりに静かで冷たいあいつの城は、俺を歓迎してくれているのか、月明かりがあいつの部屋まで導いてくれた。


部屋の前で深呼吸する。

よし、大丈夫だ。


ガチャ。


部屋に明かりは付いていなかった。

だが、大きな窓から差し込む月の光があいつを照らす。

あいつはこの広い部屋の隅っこの方でうずくまっていた。


あまりにもぼんやりとした輪郭は、まるで暗い部屋に溶け込んでしまいそうで怖くなって手を伸ばして、あいつの存在を確かめるように触れた。


こいつは弱々しく顔を上げ、


『やっぱ、僕だめだった』


と泣き顔のような笑顔で俺を見上げる。


「そっか」


と、俺はうまい言葉が出ない事に腹がたった。


『食べてみようと思ったんだ。

きっと食べられると思ったんだ。

でも駄目だった。

僕、口の中に入れたんだ。

でも、飲み込めなくて、吐いちゃって。』


『周りの人、凄い顔してた。

ぎょっとして、僕を見てた。

僕、食べられると思ったんだ。

食べたかったんだ。』


こいつは泣きながら言った。


『やっと人間になれたと思ったのに。』


こいつが少し混乱しているのが分かる。

呼吸が乱れて、時々、変に息を吸う音が聞こえる。


『やっと、人間になって、お父さんと、お母さんと一緒に生活できるようになれると思ったのに。』

『外も、自由に歩けて、僕君と一緒に海に行きたかったんだ。君と旅行に行きたかった。いろんなところの美味しい食べ物を、一緒に食べてみたかった。僕、僕』


とこいつは泣きじゃくった。


「お前、俺の料理以外だったら、何なら食べられるの」


と俺は聞く。


あいつは、少しの沈黙の後、


消え入るような声で、


『血なら、血なら飲めるんだ。』


と答えた。


「え?」


『違う、、違う、、、!!!!違う違う違う。

違うの、違う。あぁ、ごめんなさい。ごめんなさい。

お母さん。許して。怖いよ。怖いよ。』


「大丈夫だから。大丈夫。落ち着け。深呼吸して。」


「何も怖くないから、俺に話してくれる?」


俺は、あの時のこいつの尋常じゃない様子の正体が分かった。

原因は''血''だったんだ。


こいつは、俺の手を握って、深呼吸をした。

何秒かの沈黙の後、こいつは口を開いた。


『あ、あのね、、僕、小さい頃、お母さんが怪我したことが、あったんだ。

料理してた時かな、包丁で、指、切っちゃって。で、それを、お母さん、僕に見せて、可愛い、可愛い私の愛しい子、指を舐めてみてって、血を、舐めさせて、くれて、その時、お母さん、僕の頭、撫でてくれたんだ。

血、凄く美味しかった。美味しく感じちゃった。僕のお母さん、それから、自分の事、傷つけて、僕に血舐めさせて、そんなことしてるの、お父さんに、見つかって、何度も、殴られた。

僕、あれから、おかしいんだ。血が、飲みたくて、、血が飲みたくて、仕方ない。

普通の食べ物じゃだめで、また、お母さんに、頭、撫でて、欲しくて。』


「そっか」、そっかそっか、


そしたら、


「そっか、じゃあ俺の血飲む?」


大胆な提案に我ながら驚いた。


この提案がこいつをより人間から遠ざけるというのは分かっていた。

本当にこうしてしまっていいのか、俺は分からなかった。


でもこれ以上こいつを否定したくなかった。


『いや、だめだよ。

僕これ以上おかしくなりたくないよ。』


「俺も一緒におかしくなるから、だから、飲めよ。」


俺も何故か泣いていた。


「お前がこれ以上弱っていくの、俺これ以上見たくないよ。」


『でも、』


「でもじゃないんだ、飲まないとお前苦しいんだろう?飲めよいいから飲め。」


俺は初めて声を荒げた。


こいつは少し驚いた様子で俺を見た。


暫くして、


『、、、分かった。本当にいいの?許してくれる?』


とこいつが言う。


俺は頷いて、

あぁ、これはフィクションじゃないんだよな。現実なんだよな。

なんて考えていた。


こいつは自分の八重歯を俺の首元に突き立てた。


痛いけど、それ以上に、こいつがこれで死なないという安心感があった。


しばらくして、こいつは俺の首元から口を離した。


『これでもう戻れないよおかしくなっちゃったんだよ』


と大粒の涙を流す。


「大丈夫だって。なんとかなる。」

「外行こうぜ。今日月めちゃくちゃ綺麗なんだ。」


『うん。』とぐしゃくじゃの顔でこいつはついてきた。


家の外に出ると手が届きそうなほど月が近くに感じる。


「ほら、月綺麗だろ?」


と、俺は振り返る。

こいつは崖のすぐ上に立って、


『ねぇ、あのさ、、』


『このまま時が止まれば、僕は美しいままでいれたかな。』


と言った。


風が強かった。崖の下は暗く、どこまでも深い夜だった。

こいつはただ立っていた。背中を向けて、何かを見下ろしていた。


こいつの隣に俺も立つ。

真っ黒な闇に吸い込まれそうになりながら、そんな俺たちを月が照らしている。


『僕、人間になれなかったなぁ。』


とこいつは呟く。


「人間なんて、良いことないぜ。すぐ死ぬし、あいつら」


『え?どういうこと、?』


「なんでもねぇ」


「なぁ、ラーメン食いに行こうぜ。腹減ったし。お前、多分今なら食べられるよ、飯。」


『いや、だめ、ニンニクが入ってる。僕、あの匂い、特に苦手。僕、食べられないよ、ラーメンなんて、、』


「じゃ、ニンニク抜きにしてもらえよ。」


『君は、ニンニク食べれるの?僕、君のこと、何も知らないかも。』


「あんなの、迷信さ。」

「これから長いんだからさ、ゆっくり知っていってよ。」


俺たちは顔を見合わせて笑った。


2人の吸血鬼は空を飛んだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

last dance 研究員 @you_and_i1004

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ