最終話
町が姿を変え、ただあの頃の風が吹くばかりだ。
あれから10年は経っただろうか。
あのひとりぼっちだった少年は、もう大人になってしまった。
相変わらず、町は静かで、何かに脅されているようであった。
彼は、今や一人前に、毎日仕事をこなしている。
たまの休暇、またこの町へ帰ってきていた。
坂道を登ると、そこにはあの日の亡骸があった。
あの廃校は、あれから取り壊しが進み、何処かへ行ってしまった。
そこはただ空虚な、最早懐かしさすら錆びついてしまうような空間であった。
彼はじっと、そこを見ていた。
寒かった。
いや、この景色が、彼を寒くさせているのかもしれない。
もうすっかり冬空だった。
あの鎮守の杜も、木々は枯れ葉をぶら下げ、もう、蛍色の面影は残っていない。
今あそこを走ったら苦しいだろうな、空気が冷たくて。
なんてことを思いながら、彼はその場を後にした。
あそこへは、行かないと決めていた。
あそこから見える海は、彼が見たい海ではない。
彼は大人になったのだ。
町が姿を変えるように、傷を見せ、ヘドロのような感傷を抱えて生きる少年は、もうどこにもいない。
都内の一軒家には、温かい家族が待っている。
心から愛する家族が。
皆誰もが、心に孤独を隠して生きている。
彼はそれを、誰よりも知っている。
その孤独を、小さくして、綺麗な結晶にできることも知っている。
それを子供たちに、妻に、もっと多くの人間にしてあげられるように、彼は生きている。
おかえり。
何処かで、そう聞こえた気がした。
彼は立ち止まり、ふっ、と振り返った。
そこには誰も居なかった。
ただ、あの日の、あの胸の中の温もりのような、夕日が照っていた。
彼はフッ、と笑って、また歩き出した。
還りたい、あの場所へ。
還り道 sid @haru201953
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