さよなら、僕の白い友達
西東キリム
第1話 異世界へ
深夜二時。庭の物置小屋の隅に置かれた古びた木製のおもちゃ箱の前で、小学六年生の少年タケルは懐中電灯を片手に息を潜めていた。長年、数えきれないほどの思い出を詰め込んできたその箱が、今夜、父親を救う鍵となるかもしれない――イトーヌの言葉が、彼の胸に重く響いていた。
明るい茶色の、少しウェーブがかった髪からは、元気いっぱいの少年らしさが溢れている。まだあどけなさが残る顔つきには、普段の活発さに加え、今は強い決意の色が宿っていた。背中には使い込まれたリュックサックがしっかりと背負われている。その小さな背中に、父親の命がかかっていると言われても不思議ではないほどの、切迫した雰囲気が漂っていた。
「本当にここから異世界に行けるの、イトーヌ?」
タケルは白い犬のぬいぐるみに問いかけた。グレートピレニーズを模したそのぬいぐるみは、タケルが小学一年生の夏休みに、父親がクレーンゲームで苦労して取ってくれた、大切な相棒だ。イトーヌは、タケルの問いかけに元気よく頷いた。
「うん! ぬいぐるみ達が知ってる秘密の道なんぬ! さあ、早く開けるんぬ、タケル!」
イトーヌはどこか憎めない少年のような雰囲気を持っている。父親が生きていた頃は、よくイトーヌを使って腹話術をして、語尾に「んぬ」をつけたおかしな話し方でタケルを笑わせてくれた。父親が亡くなってからも、イトーヌは時折、その口癖を使う。
タケルは深呼吸をして、おもちゃ箱の蓋を開けた。木でできたおもちゃ箱の蓋が「ギィ」という音を立てて開いた。中には、色褪せた積み木や、ヒーローものの人形などがぎっしり詰め込まれている。
「道なんてないんだけど?」
タケルが首を傾げていると、イトーヌは焦れたように身を乗り出した。
「えっと、確かこの絵本の……違う違う、こっちの積み木の……ああっ、また忘れちゃったんぬ! ごめん、タケル!」
イトーヌがしゃべるようになってから何となく感じていたが、このぬいぐるみはかなりのおっちょこちょいなのではないだろうか。タケルは苦笑しながらも、慣れた手つきで箱の中を探し始めた。慎重に、一つ一つおもちゃを手に取り、裏側や隙間を確かめていく。
「イトーヌ、ちゃんと思い出してよ」
「うーん……確か、光るものが目印だったような気がしたんぬけど……?」
イトーヌがそう呟いた瞬間、箱の底に沈んでいたビー玉が、微かに光を放った。タケルはハッとしてビー玉を手に取った。それは、父親が子供の頃に大切にしていたというビー玉だった。
ビー玉を握りしめた瞬間、おもちゃ箱の中から風が吹き出した。目の前のおもちゃたちがぼやけ始め、風が渦巻き始めた。
「わっ! 何これ!?」
驚くタケルにしがみつきながら、イトーヌは興奮した声を上げた。
「やった! 始まった! これが異世界への入り口だよ、タケル! さあ、早く!」
イトーヌに急かされ、タケルは戸惑いながらもおもちゃ箱の中に足を踏み入れた。風は更に強くなり、タケルの体を光が包み込む。
「父さんを助けに行くんだ……」
タケルは心の中でそう呟いた。切実な期待と、大きな不安を抱えながら。
しかし、イトーヌのつぶらな瞳の奥には、タケルの知らない暗い光が宿っていた。タケルと一緒に父親を助けたいという願いとは裏腹に――。
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