第22話 決戦スペクター
スペクターの間引きは順調に進んだ。その間にも妨害手段の模索を続け、手札を増やした。有効な手段が増えれば、その分だけ安全確実に仕事が進む。わずか二日で、地下二階に増えていた対象の大半を駆除することができた。
最初の苦戦が嘘のよう。まあ、全く知識と準備が無かった初戦と今では状況が全然違う。心構えも能力も段違いだ。
俺は、魔法の剣への理解を深めた。これは本当に便利な道具だ。剣、クォータースタッフ、ライトメイスとヘビーメイス、そして大盾。望めば一瞬で姿を変える。状況に合わせて有利な武器に変化させられる。近距離戦闘で、素晴らしいアドバンテージを俺に与えてくれる。
こいつのおかげで、俺はほとんど怪我なくこの二日を乗り越えることができた。まあ、多少のかすり傷はあったが気にする必要のないレベルだ。寝て起きたらスッキリ消えたし。
これを使って戦い続けたことは、学びが大きかった。この距離ではこれ、という経験を得られたのだから。じゃんけんを後出しできたとしても、勝てる手を出せなきゃ意味がない。
さて。凡人の俺がこれほど学びを得た今回の戦い。優秀なる兄妹はどれほど成長を遂げたのかといえば……たぶん、中々いい感じだと思う。
曖昧になるのは、ことが魔法関係なため。理論がどーとか、マナがどーとか言われても俺にはさっぱりだ。せいぜい、使う呪文が増えたなとか、戦うのが楽になったなとかそれ位しか外からは分からない。
あとはまあ魔法を使ってもそれほど疲れているようには見えない、ぐらいか。最初の頃、それこそケイブチキンの群れと戦い始めたあたりでは、一戦闘ごとに青い顔をしていた。
今はそれがない。多少の疲労はあるようだが動けなくなるような事はなかった。これが成長の証であると思っていいだろう。
そんなこんなで、ついにこの日がやってきた。スペクターのボス討伐決行日。まだ見ぬヤツを打倒し、俺たちの未来を手に入れる。より具体的に言うと収入源を取り戻す。うん、詳細を語ると途端に俗っぽくなったな。
まあ、これで負けても世界が滅びるわけでも無し。三人の未来が大変暗くなるだけ。個人的には大問題だが、責任もまたほぼそれだけだ。
ダンジョン管理者がいなくなったら市が苦労するだろうな、と思うがその程度である。……ちなみに。仮に俺が死んだ場合、家族が財産を相続する。当然ダンジョンもついてくる。だからあの連中は俺と縁を切ったんですねー。クソッタレ。
「よーし、準備はいいかー。トイレは行ったかー」
「問題ありません、先輩」
「デリカシーをもう少し覚えてください、先輩」
「戦闘中に行きたくなる方が問題だからしょうがない。それでは行くぞ、打倒スペクターボス! ケイブチキンを取り戻せ! エイエイオー!」
間が開く。
「先輩、先に教えてもらえませんと合わせられません」
「恰好つきませんね、先輩!」
「すまんかったかっつん。あと、嬉しそうにいわないサッチー。それでは改めて。エイエイオー!」
「「エイエイオー!」」
気勢を上げて、ダンジョンに降りていく。……ご近所に誰もいないっていいな。こういう奇行やっても変な目で見られないもの。
壁に張り付いているこけ玉をスルーする。走り寄ってくるビックアントを蹴っ飛ばして歩く。すっかり通いなれた地下二階までの道。最短距離で突き進む。
特に語るべきことがないので、三人とも無言だ。戦い方は、これまで何度も話し合った。どんな攻撃が予想されるか。それに対してどう動くか。シミュレーションし、実際に身体を動かしたりもした。間引き中に、ボスを想定して戦闘してみたりもした。できる限りの準備を終えた。
これだけやっても万全とはいえない。そもそもボス本体の戦闘力が不明だ。接敵はこれまで避けてきた。一度出会えば、逃げきれるか不明だったし。変に刺激して、対処不能の行動をとられても困るし。
情報が無いのは相手も同じ。万が一俺たちへの対抗策を生み出されたら目も当てられない。一発勝負でケリをつける。
地下二階へ降りて、奥へ。今まで足を運ばなかった場所へ。ここまでの探索で、地下三階への階段は見つかっていない。奴はそこに陣取っているのではないか。ただの憶測だが、俺たちはそう睨んでいる。
ダンジョンは不思議な場所だ。ある日突然現れる。一定数のモンスターが現れ、徐々に増えていく。稀に奇妙なアイテムが見つかる。学者先生たちは首をかしげる。これらを構成するエネルギーは何から生まれているのか、と。
科学では計測できない何かがある。仮定しないとつじつまが合わない。そしてその何かは、下層ほど濃いのではないか。下に行くほどモンスターが強くなる理由はこれではないか。
仮定に仮定を重ねているので、信ぴょう性はない。現状観測できることに理由を取り繕っているだけ。そんな話であるものの、業界ではまことしやかに伝わっている。
この仮説に従うならば、階段に陣取るボスについても説明がつく。ダンジョンで発生する『なにか』のエネルギーを、スペクターボスは吸収している。そしてそれで手下を量産しているのではないか。
……などと妄想してみたが。だから何だと言われればそれまで。大事なのはボスを倒すこと。その位置が固定されているなら探す手間が省ける。ただそれだけの話である。
首尾よくボスを倒せれば、改めて考えてみるのも悪くは……。
「あ、やっべ」
「どうしました、先輩」
「死亡フラグ立てちゃった」
「なんですかその縁起でもないフラグって!」
「サッチー知らない? 物語で、特定の発言や行動をとるとその後死ぬっていうジンクス。演出ともいう」
「知りませんよ! っていうか現実とフィクションをごっちゃにしないでください!」
全くもってその通り。気にしなければいい話だ。でもどこか据わりが悪い。
「ちなみに先輩、そのフラグへの対処法はあるんですか?」
「あー……あえて死亡フラグを立てまくる、かな。やりすぎで陳腐化させる、みたいな」
「この際です。そんなものは笑い話で終わらせましょう。やってみてください」
「……そうだな」
ここで終わらせたら微妙だ。俺たちは気分だけで生きているわけではないが、理屈だけで行動もしていない。スッキリしてボス戦に挑みたい。
「この戦いが終わったら結婚するんだ、クリスマスまでには帰れるだろう、圧倒的ではないか我が軍は……えーと、他に何か」
「そのセリフ言った人が亡くなるんですか? ちょっとひどくないです? 特に結婚する人」
「これから幸せになる奴が死ぬから、物語的に劇的になるんじゃない? よく知らんけど。あ、思い出した。パインサラダを作って待っていてくれよ、だ。これも恋人への言葉だ」
「一つ一つの単語だけ聞いていますと、ナンセンスに思えてしまいますね。実際は大きな物語があってその中の一部で輝いているのでしょうが」
「刺激的な言葉ほど覚えられるからなあ」
そしてミームになっていく、と。……ふ、と笑って気づく。俺は気づかぬうちに結構緊張していたようだ。身体が強張っていた。バカ話もするものだなあ。
そしてたどり着く。臭いでもなければ気配でもない。ただただ肌で感じる何か。漂うそれの中心に、ヤツはいた。
身長、180……いや190cmはあるか。他のスペクターよりも二回り大きい体格。ガスも、濃厚というか密度が高い。なにより、胸の中央にクリスタル状の球体が見える。大きさは……赤ん坊の頭くらいか? 真っ黒なそれが、不気味な輝きを放っている。
そんなものが、部屋の中央に立っている。微動だにしないその有様は、なんとも受け入れがたい異形感を与えてくる。
その周囲には、手下のスペクターが三体。こちらは、今まで対応したものと一緒だ。外見通りであってほしい。親衛隊とかそういうの要らないから。
それらが一斉に、こちらへ向けて動き出す。
「スタート」
短く、あらかじめ打合せしていた通りに告げる。まず動いたのは小百合だ。
「ミストッ!」
濃密な霧が、当たりを包み込む。一体を除き、スペクターがそれに包まれ見えなくなった。作戦その1、各個撃破。まずは手下から潰していこう。ボスは最後だ。
「カットッ!」
小百合とほぼ同時、勝則もまた呪文を使用。風の魔法が取り残された一体へと襲い掛かる。気づいていただけに、対応も早い。両腕をクロスして、それを防ぐ。腕のガスは大きく消されたが、本体は無事。
「おらあぁぁっ!」
そこに、走りこんだ俺が到着する。腕が使い物にならなくなったスペクターの脳天に片手半剣を叩き込む。当然ガードなどできないから、刃はするりと上から下まで振り下ろされた。
刃が触れればガスが消える。中央を抜かれればスペクターも形を保っていられない。戦闘開始十秒で、一体目の手下を撃破。これまでの戦闘経験が結果として現れた。
消滅を見届けてから、剣を構えて下がる。次に現れるのが手下ならそのまま倒す。ボスだったら……。
「ボスだっ!」
頭一つ背の高い、黒い影が霧の中から現れた。
「ウィンドッ!」
予定通り、勝則が突風でけん制する。立っていられないような強風。ザコスペクターなら、その場に止まるのがやっとになる。しかし、残念なことに流石はボス。力強い足取りで、一歩一歩確実に前に出てくる。
動きが鈍っている今がチャンス。距離を稼ぐためにクォータースタッフに変更。風に乗せて引っ叩く。
「ふんっ!」
命中。左腕を強かに打ち据える。命中部位が、見てわかるほど薄くなる。ボスにも効果あり! と、喜んだのが隙になった。なんと、ボスの腕が長く伸びた。そして鞭のようにしなると、俺に攻撃を仕掛けてきた。
「あっぶねぇ!」
転がるように避ける。勝則の突風がここでもいい仕事をしてくれた。元々がガスのせいか、はたまた細長くしたためか。風の影響を大きく受けている。軌道がブレたおかげで、当たる事はなかった。
しかしこれはこまった。攻撃範囲が広がってしまったため、本体を殴りにいけない。あのウネウネとした腕が邪魔だ。あれをどうにかしなくて……は……。
「あ」
「どうしました!?」
「そのまま! そのままだ!」
スタッフを剣に変えて待つ。そしてすり足で前進しつつ、鞭腕を睨む。剣道の動きなんて中学の授業でちょっと触った程度。だというのにここで出てくるとは、ヒトの記憶力ってすごいな。そんな思いが脳裏によぎる。
腕が、動いた。帯のようなガスが俺に迫る。切れなくてもいい。タイミングを合わせて、剣を振る。ジャストミートッ! すぱり、という音が聞こえるかのような切れ味で、鞭が切断される。
切り離された鞭はそのまま消滅。ボスの体積はまたもや減った。
「おっしゃー! クリーンヒット!」
「せんぱーい、ナイスバッティン! 帰ったらビールで乾杯ですね!」
「おっしゃあ、サヨナラホームランみとけよー!」
小百合の声援を背に受けて、片手半剣を構え直す。試合は1点リード……じゃない。ボスに一発いれてやや有利。だが、そろそろ手下が出てくるはずだ。勝則は突風の術を維持するのに精一杯。
なら、ミストを解除してもらって小百合の雷で雑魚を倒してもらうしかないか。そう思いいたり指示を出そうとしたが、遅かった。立て続けに二体、スペクターが霧の中から現れた。
加勢される前に数を減らさねば。声を張り上げようとした所、それよりボスの動きの方が早かった。なんと、手下に向かって腕を伸ばしたのだ。
「何!?」
そして、目の前で起きたことに衝撃を受ける。ボスの腕が手下に触れる。するとその形が崩れ、吸収されていくではないか。せっかく減った体積かあっという間に回復、増強されてゆく。
手下を……食った!? 食って回復&パワーアップ!? そんなのありかチクショウ! などと嘆いている暇はない。これ以上させてなるものか。
「サッチー、術解除! 攻撃だ!」
「はい! スパークッ!」
稲妻が、まだ吸収されていない一体を打ち据える。大きくガスが吹き飛ぶが、すべてではない。そして、そちらもボスの腕が延ばされる。俺たちのあがきをあざ笑うかのように、瞬く間にそちらも吸収されてしまった。
あとに残るのは、最初よりもパワーアップを遂げたスペクターボス。最初から手下たちよりも大きかった体格が、いまはもうマッシブと表現していいほどのふくらみを見せている。
特に腕と脚などは、筋トレやりすぎのボディビルダーのよう。くそ、分かりやすくパワーアップしやがって。戦闘やり直しじゃないか。しかも、兄妹は術を使った分消耗している。
数が1体になった分、集中できていいがそれ以外はよろしくない。この状況で、どう戦うべきか。
考えたい所だったが、ボスがそれを許すはずもなかった。ヤツの腕が、真っすぐこちらに向けられた。大きく膨らむ腕。既知感。咄嗟に指示を飛ばす。
「重点防御!」
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