第20話 対処開始

 怪我は三日で治った。嘘のようだが、事実である。一晩で痛みが引き、翌日には傷口のかさぶたがはがれてきれいさっぱり。三日目には内出血の跡すら残らなかった。


「正直ちょっと怖い。これどうなってるの?」

「……ハンターは傷の治りが早いと噂で聞いていましたが、ここまでとは」


 状態を確認しながら勝則が唸る。……ほかに事例があるなら、俺だけではないと安心できる。まあ、そもそもダンジョンに係ると身体能力が向上する現象自体もまだ解明されていない。何故を考えても意味はない。そういうのは学者先生に任せよう。


「所でかっつん。こいつを見てくれ。どう思う?」

「……どこで拾って来たんですか、そんなもの」


 店員さんことマリアンヌ女史からお借りした魔法の剣を、ついでとばかりにお披露目する。すっげぇ怖い目で見てくるじゃん。


「店員さんから借りてきた。スペクター切れるんだってよ。それでいて生身は切れない。ほれこの通り」


 実演して見せたら、これまたものすごく渋い顔された。


「……そういう危ない真似はお止めください。で、それでどうするおつもりですか」

「そりゃもちろん、スペクター戦に参戦するぜ」

「結構です。戦力は十分足りていますから、先輩は地上でお待ちください」

「ははーん?」


 しかめっ面でそんなことを言う勝則の両肩をがっつりと掴む。もちろん剣は仕舞った。


「おう、かっつん。俺の目を見てもう一度、今のセリフ言ってみろや」

「……」


 すると案の定、目をそらしやがる。だがのがさん。


「今回ばかりは、ガチで聞くぞ。大学時代からいままで。全部の貸しにかけて、嘘偽りなく答えろや。おおん?」

「先輩……それはちょっと、卑怯じゃないですか」

「お前らの命がかかってるんだ。卑怯もラッキョウもあるかいな」


 ゆっさゆっさと物理的に揺さぶる。あらゆるスペックで負け気味だが、腕力と体力だけは自信がある。そうしていると流石の勝則も観念したらしく、大きくため息をついた。


「分かりました。分かりましたから止めて……」


 がたり、と何かが落ちる音。見やれば、小百合が洗濯かごを手から落としていた。その顔には分かりやすく驚愕と絶望が浮かんでいた。


「せ、先輩……なにをしているんですか」

「おう。愉快な勘違いしてるなサッチー」

「何が愉快ですか! 兄さんを口説いて一体何をするおつもりで!? ダメです許しません兄さんは私のです!」

「どさくさにえらいカミングアウトしやがったな。まあ知ってたが」


 ブラコンシスコンで済まされんレベルのイチャイチャしてるからな、こいつら。大学時代から、この二人は本当に兄妹なのか疑問に思うこともしばしばだった。まあ、だからと言って追及もしなかったが。ややこしい話に首を突っ込むほど暇じゃない。


「かっつん。なんか言ってやれ」

「お任せください」


 捕縛を解いて、向き直らせる。勝則は、少女漫画さながらにキラキラとしたエフェクトを放ちながら妹を説得にかかった。なお、キラキラは俺の錯覚である。……いや、小百合にも見えているかもしれん。


「さて、小百合。先輩が俺を口説いているというのは全くの勘違いだ。先輩の趣味は胸の大きい女性だ。テレビやグラビア雑誌への視線を少し注意してみれば、簡単に気づく事だろう」

「唐突に人の性癖を開示するとはやってくれるなかっつん」

「はい! ばっちり知っています! なんなら、おっぱい揺れる女性の画像を見て、ゲヘヘヘー! って分かりやすく下卑た笑い声上げてたのも知ってます!」

「力強く宣言しなくてもよろしい」


 この兄妹、遠回し……ではなくかなり直接的に俺を罵倒しに来てない?


「でも兄さん、先輩に迫られてまんざらでもなかったですよね!?」

「当然だ。先輩ほどの人に言い寄られば、ときめかねば無作法というもの。お前もわかるだろう?」

「何を血迷ったこと言い出してるんだこのイケメン」

「確かに先輩は魅力的な方です。私の趣味とは大ハズレなのでそういった目で見たことは一度もありませんけど」

「そろそろ怒った方がいいか俺」

「だからこそ心配な部分があるんです兄さん! 先輩はいい人なので、うっかり悪い女に騙されかねません! 魔女とか! 魔女とか!」

「うん。俺も同じ見解だ。これからはより一層注意を払わないとな。しかし、健全なお付き合いであれば逆に背中を押さなくてはいけない。奥手なお方だからな」

「ヘタレともいいますね!」


 よし、殴ろう。ハリセン作って殴ろう。スリッパでもいい。今すぐ手元に欲しい。……と思ったら、手元にあったよハリセン。淡く光っている。まるで、マリアンヌ女史から借りたあの魔法の剣のように。


「うわー、ハリセン!? ハリセンナンデ!?」

「先輩? ……それは、さっきの剣が変化したものですか。どうやって?」

「知らん! なんか気が付いたらこうなってた! ハリセンほしいなって! お前らの頭はたきたいなって!」

「まあ、何て乱暴な。……つまり先輩の望みに応えたということですか? では、剣が欲しいと思えば……」


 小百合の言葉を信じて、ちょっと念じてみる。剣ー剣ー片手半剣バスタードソードー……成った。ハリセンは跡形もなく消え、最初に渡された剣が手の中に納まっていた。


「うーん、正しく魔法だな」

「残念ながら我々の知識では、どのような式でこれが生み出されているか推測すらできません。……しかし、これは実際に効果があるものなのでしょうか?」

「む? これ、人間切れないのはさっき見せたよな?」

「はい。ですが、本命のスペクター。あるいは魔法的なソレを切れるかはまだ確認していませんよね?」

「まあ、確かにそうだが。店員さんが俺をだましたとは思わんが」

「実験は必要ですよ、先輩!」


 小百合に力強く言われてはしょうがない。言われてみると、確かにどれほどのものか確認は必要な気もする。

 というわけで、庭にでてチェックすることにした。まず、勝則が魔法の盾を作り出す。短時間しか現れないが、強固な防御力を誇るそれ。とりあえずこれを切ってみようとする。


「ふんっ!」


 上段、真っ向唐竹割り。跳ね返っても自分を傷つけることはないから、思いっきり振ってみた。結果、すぱりと盾が切れた。


「……うわぁお」

「大概の攻撃は弾くと思っていたのですが……自信がなくなりますね」


 苦笑する勝則。俺も、自分が持っている盾がこうなれば不安を覚えるだろう。剣が特別、という感じでまとめないといかん気がする。

 ふと思い立ち大盾になれ、と念じてみた。すると淡く光る盾が両手に収まっていた。本当に便利だ。感謝しかない。


「よーし、かっつん。実験その2だ。いつもの風のアレ、撃ってみてくれ」

「……そう、ですね。小百合の稲妻は威力が高い。自分の方が適任でしょう」


 しっかり盾を構える俺。勝則はそれを確認してから、わざと大きなモーションで魔法を放った。


「カット!」


 風の刃が盾を叩く。衝撃が俺にも伝わった。しかし、吹き飛ぶほどではない。太鼓のようにビリビリとした振動はあったがそこまで。見事に防ぎ切った。後に残るのは、砕けた空気が生み出したやや強めの風だけだ。


「……結論。店員さんの魔法マジすごい」

「そのようで。駆け出しの自分が競おうなどと思ったのが間違いだったようです」


 勝則が肩をすくめる。一般的な駆け出しレベルがどの程度の実力なのかは、さっぱり知らない。それでも多分、兄妹はそれ以上だと思う。そんな二人が見通せないほどの高みにいるマリアンヌ女史。いやはや、素人には付いていけぬ世界だ。


「さーて、かっつん。これでもまだ、俺が参戦するのは不満か?」


 いろいろ脱線した話を最初に戻す。さしもの頑固者もここまでのやり取りで納得したようで、大きくため息をついてから頷いた。


「わかりました。この防御力があるなら、お手伝いいただいた方が効率的でしょう。よろしくお願いします」

「うっし! やったるぞう!」


 こうして、俺もスペクター戦に参加することになった。俺がけがを治している間、兄妹は地下二階で間引きを行っていた。ボスを倒すのに、多数の取り巻きがいては不都合だというのが勝則の弁。納得しかない。

 幸いなことに、手下の量産速度はそれほど早くない。安全マージンを取りつつ一日十匹程度を消せれば、数を早いペースでマイナスにすることができるとのこと。

 何故そんなことがわかるかと尋ねれば、魔法を使って数えたとの返答。全くもって便利なものである。そりゃ高給取りとして引っ張りだこになるわけだ。

 ただ、二人の間引き作戦はあまり順調とは言い難かった。理由はスペクターの持つ二種の遠距離攻撃にある。

 威力が軽く、出が早く、速度の速い攻撃。拳を打ち出すのでナックルショットと仮称。俺の肩に当たったのがこちら。

 威力が強く、出が遅く、速度の遅い攻撃。腕を飛ばすのでアームショットと仮称。例の爆発するやつがこれ。

 この二つの攻撃を混ぜて放ってくる。これがなかなか厄介なのだそうだ。加えて、相手の行動にも問題がある。

 スペクターに明確な意思や知能があるわけではない。話せないし、感情がある様にも見受けられない。しかし単調なAIのようなパターン行動だけをとるわけでもない。こちらの動きに対して、ある程度は対応してくる。

 たとえば、安全に倒すために遠距離攻撃を主体に立ちまわったとしよう。するとスペクターもまた、同じように被弾を避けるよう行動しだす。なんならダンジョンの曲がり角を遮蔽物として利用すらするそうだ。

 その上で、ナックルとアームを撃ち分けてくる。ナックルショットでけん制し、ここぞという時にアームショットで大ダメージを狙ってくる。

 それを防ぐためには接近戦を仕掛けるのが良い、という所まで勝則たちは突き止めていた。知らない所でずいぶん無茶をしている。全くもって目の離せない連中である。

 そんな危ない橋を渡って殴り合いに持ち込むのだが、ここで二人の戦闘スタイルが足を引っ張る。魔法でインファイトを挑むには経験が足りない。呪文も適したものが少ないとのこと。

 まあ、これについてはしょうがない。今までのメインの敵がケイブチキンだった。殴り合う相手などいなかったのだ。攻撃は魔法の盾で防げたし。

 なので、自然とその担当は俺になる。というか、俺しかできないし、それしかできない。残念ながら、魔法の剣は弓に変化しなかった。まあ変わったとしても、俺が使いこなせないから意味はないが。

 というわけで、盾構えてスペクターに近接戦を挑んだ。

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