第16話 損して得とれ

「先輩!?」

「流石入川先輩っス! 俺信じてました!」

「喧しいボケナス。ぶちのめすぞ」

「スンマセンッ!」


 全くもって癪に障る。一回ぐらい殴ってもいい気がするが、話が進まないので我慢する。


「リュー、ちょっと庭にいけ。俺もいく」

「へ? はい」


 靴を履いて、三人で庭に。向かう先は、庭にある日蔭。狩って来たケイブチキンが入ったクーラーボックスが並んでいる。

 その一つを開く。


「ゲェ!? な、なんスかこれ!?」

「ケイブチキン。ダンジョン地下二階にいる、空飛ぶニワトリだ。十羽以上の群れをつくり、爪と嘴で攻撃してくる。大人一人程度なら、十分殺せるモンスターだ」

「ひぇぇぇ……」

「こいつが、一羽につき一万で売れる」

「いちまん!?」


 流がのけぞる。そしてニワトリを見る目が脅威から札束に向けるものへと変わる。


「御影兄妹が魔法使いになった事で、俺たちはこいつを比較的安全に狩ることができる。運搬の関係で、午前に一回、午後に一回。それぞれ十羽程度を狩る予定だ」

「……一日二十万!」

「と畜場の関係で、働くのは週五日。つまり週で百万だな」

「一か月、ざっくり400万! 一年で……4800万!」

「こういう計算は早いなお前。もちろんこれは、個人技能に頼ったものだ。体調や環境の変化で捕らぬ狸の皮算用になりかねない。仕事の属人化はトラブルに繋がる。だから人を増やす。モンスターの運搬係が増えるだけでも利益向上が見込める。魔法に目覚める可能性もあるしな」


 ふたを閉める。せっかく悪くならないように冷やしているのだから、あまり外気にさらしたくはない。


「俺たちは、起業しようと考えている。ハンターによるダンジョンカンパニーの設立だ。……お前らが反省して真摯に務めると誓うなら、うちに入れてやってもいい」

「「「先輩!?」」」


 後輩三人が、そろって驚愕する。声に込められた感情はそれぞれ違うようだが、今は無視する。


「ダンジョンに入る以上、安全は保証できない。配慮はするが絶対ではない。本人の努力が不可欠だ。御両親については年齢もあるから雑務に回ってもらうことになるだろう」

「お、親父たちもいいんスか?」

「た・だ・し! 自首することが条件だ」


 希望に表情が明るくなっていた流の顔が固まる。こればかりは、譲るつもりはない。というか俺の一存ではどうにもならない部分だ。


「何をどう言いつくろったとしても、ダンジョン管理義務違反をしたのは変わらない。これは刑事事件だ。俺が被害届を出さなくても捕まる。仕方なかった、じゃ済まされん」

「そんな……なんとかならないっスか?」

「ならん。だから、自首して罪を償ってこい。親父さんは無理だが、お前とお袋さんは檻の中に入らなくても済むかもしれん。正確には何とも言えんけどな」


 法には詳しくないので、本当に曖昧なことしか言えない。流の罪とはっきり言えることは、俺にダンジョンの存在を知らせずに家を売ったアレ。そこで問題。こいつは首謀者か共謀者か。

 俺をターゲットに選んだのは流だろう。だが、家は父親の持ち物だ。売ればどうなるか、所有者が分からないはずもない。決定権は父親にあるだろう。

 罪を犯すと決めたのは誰か。俺を騙したことで利益を得た者はだれか。それらを調べるのは警察の仕事だ。正直、そういう細やかなことはどうでもいい。司法に任せる。俺たちの利益には繋がらない。

 大事なのは、これからのこと。流は絶望を顔に張り付けている。こいつが余計なことを考える前に、一気に畳みかける。


「言っておくが、これが俺が提示できる一番マシなルートだ。これ以外は、普通に警察に見つかって逮捕されるしかない。いや、生活費を闇金に借りて、そこからさらにひどい世界に突っ込むって道もあるか」

「そんなのは勘弁っス!」

「じゃあどうする? お前が選べ。もうめんどくさいから、逃げようとしてもここで捕まえるとかもしないぞ」


 通報はするけどな、と心の中で付け加える。流は、その場にしゃがみ込むほど悩みだした。五分経って動かなかったら蹴っ飛ばそう。そう思った瞬間、立ち上がった。全く本当にこいつはよう。


「……自首して罪を償ったら、働かせてもらえるんスね?」

「おう。御両親も面倒見てやるわい」

「……ちょっと、電話します」


 庭の隅で、携帯電話を取り出す。その背を眺めて待とうとすると、御影兄妹が小声で話しかけてくる。


「先輩、本気ですか。あのチャラ男を許すんですか」

「本気だ。そして、許すつもりはまだない」

「それは、どういう……」

「あとでな、あとで」


 というやり取りをしていたら、流が携帯を差し出してきた。


「先輩、俺の親父が話をしたいと」

「あいよ。……もしもし?」

『黄田です。あの、息子からお話を伺いました。……騙した私たちを、本当に許していただけるので?』

「許すかどうかはあんたたちのこれから次第だ。今の段階では欠片も許すつもりはない。自首して罪を償って、ウチで働いて真面目に更生したら許す。あんたらの仕打ちにははらわたが煮えくり返っている」

『……そこまでお怒りなのに、どうして』

「放置して何になる。警察に捕まって、出てきたら仕事なし。落ちるところまで落ちて、悪事に手を染めてさらに人様に迷惑をかけるのがオチだろう。だから、それよりマシな話を提示している。はっきり言えば、悪人になられる方が迷惑なんだ。かかわりがあるから、こっちにもとばっちりが来かねない」

『本当に、申し訳ございません』

「そう思うなら、さっさと自首しろ。出てきたら、面倒見る。ご家族含めてな。嘘はつかない。万が一約束破ったら、好きなだけ騒ぐといい。その頃は俺も会社を作っているはず。風評被害は十分社会的ダメージだ」

『はい。ご迷惑を、おかけします』


 話は終わった。流に携帯を突き出せば、その顔は引きつっていた。電話中は、怒りを隠さなかったからな。俺のブチギレ具合が伝わったようだ。

 やつは、深々と頭を下げてきた。


「先輩、本当に、ごめんなさいっ!」


 俺は、有無を言わさず襟首をつかむと宙釣りになるほど持ち上げた。


「やっと謝りやがったかこのクソボケッ! いいか! 今度ナメた真似しやがったら、ダンジョンの奥底に放り込んで戻ってこれなくしてやる! 絶対やってやる! 分かったかスカタンッ!」

「スンマセン、スンマセン、マジスンマセン、助けてえぇぇぇ!」


 その後、少々手間がかかった。隣の市に潜伏していた流の両親と合流。警察に連絡し自首という形で連れて行ってもらった。その際、経緯の説明に俺も同行。思いっきり時間を取られ、片付いたら日が暮れていた。被害届の取り下げもあったしな。

 流の一家はそのまま警察署にお泊り。しばらく御厄介になるのだろう。電話して、勝則に迎えに来てもらう。と畜場への納品も、彼に任せてしまった。

 そして帰宅。


「お疲れさまでした、先輩」

「説明してください、先輩」

「わーった、わーった」


 居間に座り込み、一息ついたら兄妹が詰め寄ってくる。休む暇ももらえないときたものだ。小百合に茶を入れてもらった湯飲みを片手に語り出す。


「まー、理由の半分は庭でブチギレた通りなんだけどな。ほったらかしても何にもならん。だったら、マシな話として片付けたほうがいい」

「だからといって、先輩がババを引く必要はないのでは?」

「まあ確かに、必要はない。だが利益がないわけでもない」

「利益、です?」


 小百合が小首をかしげる。確かに、この状況ではマイナスしかないように見えるよな。


「まず第一に、労働力の確保だ。ダンジョンで働きたいと望む奴はまずいない。俺たちのように、事情があって初めて手を付けるレベルだ。ハローワークに求人出しても、なかなか人はこないだろう」

「……そうですね。無名の企業です、希望は薄いかと」

「そこで、他に行く当てのないあの家族だ。他所に行ってもまともな働き口がないのは、逃亡生活で身に染みているだろう。たとえうちの仕事が過酷であっても逃げ出せない。……経験があるだろう、お前らも」


 う、と胸や頭を押さえて呻く兄妹。言ってる俺も同じ気分だ。


「ほかにも、ささやかな復讐という意味もある。人様騙して逃げ出して、犯罪歴付けて結局ダンジョンで働く羽目になる。こんなに皮肉な話はそうないぞ?」

「うわー……先輩、わるーい」

「はっはっは。褒めても何も出ないぞサッチー」

「しかし先輩。流やその家族が、再び悪事を働く可能性はないのでしょうか?」


 厳しい表情で、勝則が問うてくる。なるほど、確かにあり得る懸念だ。俺は思考を巡らせ、考えを語る。


「可能性という言葉を使えば、まあいくらでもあるだろう。だが、それを小さくする方法もある」

「と、いいますと?」

「まず第一。俺を騙してから、今日までの状況。あの家族は、犯罪の素人だ。素性を隠して生活していくのは、相当の苦労があっただろう。リューのヤツも、大学時代の仲間に助けを求めたあげく最後にウチにまで来るほどだったからな」

「確かに……普通来ませんよね、騙した相手の所なんて」


 小百合が頷いて納得を示す。まあ、恥も遠慮もなく突撃してくるのが流なんだがそれ言い出すと面倒なので語らない。


「第二。流の性格。あの野郎は、とにかく楽を求める性格だ。そんなアイツにとって、ここまでの生活はさぞかし苦痛だっただろう。家族以上に、逃亡生活に戻りたいとは思わないはずだ。そこで、俺が安住の地を用意してやったら?」

「……逃げ出した先に、楽園はない。であれば、ここにしがみつくしかない、と。なるほど、チャラ男の性格ならば、そうするでしょう。流石先輩、アレの思考をよくご理解成されている」

「はっはっは」


 そう思って油断して、サギに引っかかったのが俺である。うーん、間抜け極まる。


「以上二点。黄田家に逃げ場なし。生活環境を提供すれば、裏切る可能性を減らせると考える。あとはまあ、状況と性格を見ながら手綱を握ってコントロールしていく、だな」

「……それでもなお、裏切ったならば?」


 勝則が、恐ろしく感じるほど冷たい視線を投げてくる。小百合もまた同じだ。俺は、庭を指さす。そこには、ダンジョンへと繋がる階段がある。


「先輩が、そこまでお決めであるならば自分は従います。小百合も、いいな?」

「はい。……まあ、チャラ男さんはかなりの根性なしなので、よっぽどのことがない限り大それたことなんてしないと思いますけどね」

「実家にダンジョン出来たりとかな」


 正しく、よっぽどの出来事なのである。ダンジョン管理者とは、人生を狂わせる災厄なのだ。

 語り終えて喉が渇き、湯飲みを傾けたら底が見えた。気づかぬうちに飲み干していたらしい。急須から注ぐ。

 一息ついた所で、勝則がしみじみと語り出す。


「しかし先輩、お見事な采配です」

「んん? 何の話だ?」

「己を陥れた者達に慈悲を示し、罪を償う機会を与えた。さらにはこの先の働き口を与え、人生に希望を見せた。徳の高い行いかと。誰にでもできる事ではありません」


 べた褒めだった。なんとも据わりが悪くなる。いいように使ってやろう、という考えがあるだけに善行のように言われてしまうとどうしても。

 なので、仕舞っていた本音もついこぼれ出る。


「……あとな。これを言うと甘いと言われるかと思うが。やっぱり同情もあるんだ。俺たちはこの歳だから、ダンジョン管理をするという選択肢が取れた。リューの親父さん、50くらいだったか? 俺たちがその年齢だったら、彼と同じことをしなかったと言い切れるか?」


 俺の問いかけに、二人は困り顔で口を閉ざした。俺だって、ダンジョン管理の責任を負わされた時は絶望した。そろそろ高齢者という年齢でそうなったら、果たしてどんな心境になるやら。

 同情する余地はある。今の日本では、そこそこ転がっている不幸だ。もちろん、心底腹を立てているのも本音なのだが。


「ですが……」


 勝則が、眉根に皺を寄せて告げる。


「やはり、チャラ男が踏ん張っていればここまでの事態にはなりませんでしたよね?」

「それはそう。間違いなくそう」


 だが、リューはそれができる男じゃないのだ。はあ、とため息を吐いて怒気を逃がす。腹立たしいが、怒っていても終わらない。


「まあ、あれだ。この選択ができたのも、かっつんが起業しようって話をしてくれたおかげだぞ? 功績の半分……2/3はお前らのものだな」

「ご謙遜を。自分は欠片もそのような気持ちは持っていませんでした」

「私もです。先輩はすごいんですよ!」

「またお前らは」


 持ち上げてくる二人をあしらいつつ、入れてもらった茶をすする。そして一つ気づく。そう。起業という話が無ければ、警察に通報してお終いだった。それが気が付けばこんな話になっている。


「やっぱあいつ、もってんなぁ」


 あの小憎たらしい面を思い出す。これからは、あの運も利用させてもらおう。

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