第15話 空気は読めない
かくして、起業すると決めたわけだが好事魔多し。何事も思い通りには行かないもの。厄介ごとは、過去よりやってきた。
ケイブチキン狩りが始まってまだ間もないある日の昼。午前の仕事を終えて俺たちは昼休みに入っていた。つけっぱなしのテレビから、ワイドショーでダンジョンについて語り合っている。
いや、語り合うというのは間違いだ。自分の意見の言い合いでしかない。
『……あなたねぇ、さっきから異世界人なんていってますけどそんな連中どこにいるんです? 公的にそう承認された人間なんていないでしょう。適当いってもらっちゃ困る!』
『だったら、どうして政府はあんなに早く魔法についての法律を制定できたんです? ダンジョンのルールについてもそう! 情報提供者が居なけりゃむりでしょう!』
『だーかーらー。それを異世界人がしたって話にはならないでしょう! 証拠がない。噂だけ。そもそも、異世界自体あるかどうかも疑わしい。平行世界云々はさておいても』
『ですが現に、ダンジョンからはモンスターが出てきている! あれはどう考えても普通じゃないでしょう!』
『アリだのニワトリだの魚だの、地球に居る動物ばかり! しかも食べられる! 異世界の生物なら、形が見知ったものってのがそもそもおかしい!』
『でも未知の成分は確かに検出されている! さらにいうなら「円錐塔の夢」だって……』
『でたでた。オタクらいっつもそうだ。何かというとその夢の話を……』
久しぶりに聞く単語に、思わず反応する。
「そういや、お前らはよく見るんだっけ? 円錐塔の夢」
話を兄妹に振ってみる。二人は少し首をかしげて思い返す。
「昔はよく見る方だったんですが、ここ数年はさっぱりですね。仕事が忙しかったせいでしょうか。小百合はどうだ?」
「私も、大学卒業あたりからは見てない気がしますね」
円錐塔の夢。それはダンジョン発生と同時に、地球全土で報告されるようになったもの。人種、性別、年齢問わず、似たような夢を見る。
空から、巨大な円錐が振ってくる。とがった方を下に、大地に突き刺さる。そこからモンスターがあふれ、人を襲う。そんな悪夢だ。
ダンジョンのソレとは姿形が違う、正しく怪物と言うべきもの。そんなのが夢に出てくるのだから、さぞかし気分が悪いだろう。寝覚めも最悪なはずだ。
「先輩は、見ないんでしたっけ」
「子供の頃一回見たっきりだなー」
見る頻度は、人によってまちまちだ。ダンジョン発生直後はほとんどの者が夢にでたという。俺もその中の一人。今も記憶に残っている。現実感のない巨大な円錐が、何本も空から落ちてくる夢。
だが、時間がたつにつれて見る者は減っていった。最近はほとんど聞かない。ちなみに、内容は結構バラバラらしい。円錐から怪物があふれてきたり、ソレと戦ったりする夢もあるらしい。
「アレも一体、なんだったんだろうなあ」
「説明の付かない話が多すぎますね。ダンジョン発生からずっと」
「政府も全部は教えてくれてないだろうしなあ」
テレビで言ってた話も、それ関連だ。腰の重い我らが国が、他国に先駆けてダンジョン関連の法律を制定できた。魔法関係など、眉唾な技術も法の中に取り込んだ。裏に異世界人がいる、という与太話が生まれるのも無理はない。
まあ、俺はすでにその異世界人に会っているわけだが。彼女も、当時はその辺に関わっていたのだろうか? ……いやそもそも、なんであんな人がホームセンターで働いているんだ?
疑問を覚えた俺の思考は、呼び鈴によって中断された。なんだ? と思い立ち上がる前に、さらに一回。せっかちだな、という感想を述べる前に連打され始める。
「はーい! いますよー! ……ったく」
この家の呼び鈴が鳴ることはめったにない。御近所には人がいない。野菜を分けてもらう農家には、最近こちらから出向いている。軽トラあるしね。
市役所の職員さんとは、電話でやり取りする程度。稀に市役所に訪ねる程度。あとは郵便だが、受け取りにサインが必要なものは今のところない。
なので、こんなにせっかちな来訪者に思い当たる所がない。一体誰だ? 俺が玄関まで出向くと、ドアが開いた。
「先輩、酷いっスよ!」
「げぇ、リュー!?」
開口一番泣き言を叫んだのは、俺にダンジョンを押し付けた元凶だった。大学時代のチャラついた格好はだいぶ鳴りを潜めている。が、雰囲気は残りかすのように残っている。だが圧倒的に漂うのは困窮の二文字だ。
アクセサリーがない。金髪に染めている髪も根本から黒がだいぶ伸びている。服もファッショナブルとは言い難い。この二か月弱の生活が透けて見えてくる。
「大学の連中に、俺の事バラしたッスね!? おかげで、だれにも頼れないし針の筵なんですけど!」
「当然だバーカ! テメェ俺に何したか忘れたとは言わせんぞ!」
「わ、悪いことしたのは謝りますけど、あれには事情があって……」
「事情があれば何でも許されると思うなボケが! かっつん! 警察、警察に電話だ!」
「け、ケーサツは勘弁! ……かっつん? 勝則っチがいるんスか?」
携帯片手に、玄関へやってくる勝則。その視線は氷海のように冷たく、全身からは怒気を放っていた。それが向けられる先はもちろん流であるが、隣にいる俺すら怖くなるレベルだった。
「今更どの面下げてここにやってきた、
「はあ!? 謝ってほしいのはむしろこっちで……待って! 本当に警察は待って! ヤバいんだから、今本当に!」
冷酷に110番に繋げようとする勝則を必死で止める。まあ、警察来たら捕まるから当然だが。
「おう、リューよ。本気でテメェなにしに来た。言っとくが、ここから助かるなんて思うなよ? 逃げたら
「ま、魔法? なんで二人が魔法使えるようになってるんスか?」
「ダンジョンで鍛えたんだよ。ちなみに、基本的に魔法は一般人に使ってはいけない。ただし、緊急時は別だ。犯罪者の捕縛とかなぁ!」
などと言ったが、実際はもうちょっと制限がある。正当防衛とか、ほかに手段がない場合とか。なので一度は素手で捕縛を試みる必要があったりする。いちいち説明してはやらないが。
「勘弁してください先輩! 本当、この通りですから! もう俺たち限界なんです!」
で、追い込まれた流はあっさり泣きを入れてきた。……が、油断は禁物。こいつは大学時代からこういうやつである。その場を凌げるなら、わりと限界ギリギリまでいろいろやる。手を合わせて頭を下げるなんてのは、ただのポーズでしかない。
正直言えば、ここでグダグダやる必要はない。問答無用で捕まえて警察に突き出してしまえばそれで終わる。
恨みはある。怒りもある。やらない理由はない。……が、ほんの一かけら。実行に移さないだけのためらいがある。大学時代の思い出という、一かけらが。
そのためらいが面倒くささと合体し、この対面を継続させている。我ながら、甘いことこの上ないと思う。
「俺からだまし取った金はどうした」
「だまし取った……家と土地売った金じゃないですか」
「ダンジョンのある家の資産価値がどんなもんか知っていってんのかオメー!」
「ううう……」
この様に、自己中かつ思慮の足りない発言を連発している男に遠慮は必要なのか。ぶっちゃけいらない。だが、こいつは昔からこうだった。なので俺としても慣れている。加えて、しっかり言い含めれば伝わらないわけじゃない。これがまたこいつの厄介な所でもある。おかげでこんな奴だがずるずると友人関係を続けていたのだ。
「金は、もうだいぶ無くて……就職しようにもどこも一杯か、ブラックな企業しかなくて。いい話もあったけど犯罪臭くて……つーか実際犯罪で通報して……」
「良くその時に捕まらなかったな」
「速攻逃げたんで!」
「うん、お前はそういうやつだよ」
こいつは本当に、要領がいい。どうやれば自分が楽に生きて行けるか、という件に関して要点をすぐに見分ける。実を言えば、この才能に何度か助けられたこともある。それが俺に躊躇いを覚えさせる原因でもある。
まあ、その才能の被害を今回思いっきり被ったわけだが。
「……ふー」
大きく息を吸い、吐く。さて、俺よ。こいつをこのまま警察に突き出すのは正しいか? 善悪ではなく、これからの俺たちにとってプラスか?
突き出して得られるものは、ない。多分金は帰ってこない。ダンジョン管理も俺の仕事として残るだろう。せいぜい、事件の決着という区切りを得られるだけだろう。
突き出さなかったらどうなる? こいつの事だ。なんだかんだ、底辺を這いずる様に生き延びるだろう。最悪、両親投げ捨てても。情はあるが、それはそれとして思考を鈍らせられるヤツだ。こういう点は本当、容認できない。
そして生き延びた先で、またやらかすだろう。突き出すのが正解? だが、こいつの罪状はせいぜい犯罪ほう助といった所。初犯だろうし、刑務所には入らないだろう。そして野放しとなる。
ただの大学の友人だったら、放置でもよかった。だが、今はもうとびっきりの因縁が結ばれている。放置したら、きっとまたえらい事に巻き込んでくる。これはそういう男だ。
それらを踏まえて、俺にとって、俺たちにとって最善はなんだ?
「何故、先輩がお前を助けねばならないのだ。ダンジョンのある家を騙して売りつけた分際で、寝言を言うな。面の皮が厚いにもほどがある」
俺が黙ったためか、勝則が冷酷に告げる。極めて痛いとこを突かれ、流も顔をしかめる。
「しょうがなかったんだよ……親父はもう50近い。ダンジョン管理なんて無理だ」
「お前がやればよかっただろう」
「簡単に言うな! とんでもなくクソ仕事だぞダンジョン管理は! 知ってるか!? こけ玉を袋一杯詰めても300円なんだぞ!? やってられっか! どうやって生きていけってんだ!?」
「先輩はやったぞ。一人きりで一か月。親や親類に縁を切られても。……そして、何をどう言いつくろっても、先輩に押し付けていいという理由にはならない」
いよいよもって、勝則の怒りが限界に近付きつつあることが隣に立っているとよくわかる。何なら、隠れて見ている小百合の方も同様だ。いつでも魔法を使うぞという気迫が伝わってくる。
再び、大きく息を吐く。これしかないな、という結論が出た。
「……助けてほしいか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます