第13話 おいしいリザルト
三十分後。休憩をとった俺と勝則は、軽トラに荷物を載せて出発した。目指す場所は、と畜場である。
日本には、と畜場法というものがある。ざっくり説明すれば、大きな獣や数多くの獣を解体する場について規制する法である。何でこんなものがあるかと言えば、衛生のため。
生き物を解体し、必要な部位を分ける。すると当然不要な部位も出てくる。血肉に骨、内臓に皮。鳥類なら羽根も。動物の嗅覚は人類を凌駕している。どれほど密閉して処分しても、漏れ出る臭いを嗅ぎつけてくる。
餌を求めてやってくる虫や小動物。それらによって廃棄物がまき散らされれば、季節によっては病原菌の繁殖もありうる。地域の衛生環境の悪化は、健康を脅かす。
そういった諸々を発生させないために正しく処理すると畜場があり、それを取り締まる法があるというわけだ。
ダンジョンで倒した食べられるモンスターは、このような場に持ち込まなければならない。それが日本の法律である。これが徹底されたおかげで、
海外を見ると、時折食中毒を発生させている。食にうるさい日本でよかったと思うと共に、ルール作成に携わった全ての人に感謝をしたいと考える今日この頃である。
さらにいえば、ダンジョンサポートにかかわる人々にも。今回向かうと畜場も、市役所から紹介された場所だ。先日、事前に連絡をとってある。持ち込みは快くOKしてもらえた。
買取もやってくれるそうなので、俺たちの仕事は持ち込むだけでよい。なるべく状態を良くしなくてはいけないから、手間はかかるが。
「……ここ、ですね。なんだか工場みたいです」
「そうだな。……臭いもその、独特だな」
何とも言えぬ、酸っぱい香りがわずかに漂っている。やはり綺麗ごとではないのだな。こういう所で働く人たちには頭が下がる。
受付で自己紹介し、荷物を渡す。全身白い作業着。手袋と長靴。髪の毛はネットでしっかり覆い、マスクを着用。そんな完璧ないで立ちの作業者さんに、ケイブチキンを引き渡した。
しばらくおまちくださーい、と受付さんに伝えられ、商談スペースで待つこと約三十分。再び現れた作業者さんと社員さんが伝票を渡してくれた。そこには、買取価格が記載されていたのだが。
「「……はーーーー!?」」
ケイブチキン。一羽、約一万円。損壊が大きくても一万円を切っている品はない。最大だと一万二千円とか書いてある。
ケイブチキンを狩るにあたり、俺は少々ネットで調べた。まずは、一般的な養殖ニワトリの値段。まず、一羽からとれるお肉は約1125グラム。
ニワトリ肉の平均価格がだいたい100グラム130円。ざっくり数字を丸めて計算すると、一羽の値段は1500円弱ということになる。物価が高くなっている現在でも、十年前と大して変わらぬ値段で頑張ってくれている業者さんには本当に感謝しかない。
ではケイブチキンはというと、困ったことに値段が全然安定していない。年々、値段が上昇している。なので今の今まで正確な数字を知らなかった。結構なお値段と期待はしていたが、まさかこれほどまでとは。
なお、買い取り対象はほぼ全部位である。内臓、骨、羽根まで値段が付いていた。
「あのこれ、本当にいいんですか?」
思わず聞いてしまうと、社員さんはにっこり微笑んで頷いてくれた。
「はい、もちろんです。ケイブチキンの市場価格は年々上昇を続けておりまして、このお値段で取引させていただいてもうちの利益はしっかりあるんです」
「そんなに高く……何か需要があるんですか?」
勝則がそう問うと、社員さんは少しばかり苦笑いを浮かべた。
「……アスリートからの注文がひっきりなしなんですよね。なんでも、体作りに最適なんだとか。ダンジョンができてから、色んなスポーツで新記録が出ているのは御存じです?」
「あー……え。あれってそういうことなんですか?」
「その様ですね。ケイブチキンを食べている選手とそうでない選手。明らかに数字が違うそうなので」
「それってドーピング……」
「に、ならないらしいです。薬物反応出ないので」
これは俺たちも苦笑いを浮かべるしかない。それでいいのか、という疑問が浮かぶ。が、スポーツの世界に携わっているわけではない。俺たちには実害ないし、当事者のモラルに任せるしかないだろう。
「あとはまあ、明らかに味が違いますね。同じニワトリとは思えないほどです。高級料理店からも注文が殺到しています。ですが、何といっても入荷がすくない。釈迦に説法ですが、養殖しているわけじゃありませんものね」
「ええ。狩猟100%です」
「そんな希少性、需要も相まってこのお値段とさせていただいております、はい」
なるほどな、と頷くしかない。まあ、利益が大きいことに文句はない。一般人の口に入らないのもしょうがない。必需品でもないのだし。そして、相手側もこの値段で納得ならばもはやいうこともない。
「……では、よろしくおねがいします」
「はい。今後ともよいお取引を」
かくして商談はまとまった。が、お金の振込先について手続きをしている最中に思いついた。
「すみません。一羽分のお肉、こっちでもらえませんか?」
せっかくなので、高値がつく美味とやらを味わってみたくなった。若干お手間を取らせてしまったことに反省する。次からはもっと早く言おう。
クーラーボックスに戦利品を入れて、軽トラを走らせる。
「やりましたね、先輩」
「ああ……二人のおかげだ」
まだ残る腹の痛みや、防具のミスなどで落ち込んでいた気分が跳ね上がった。この収入なら、いける。やっていける。生活が成り立つ。未来に展望が持てる。……いや、これはあくまで兄妹の魔法あってのこと。
二人が就職し俺の所を去れば、一人でやらなくてはいけない。何とかして、その手段を確立しなくては……。
「先輩、自分思うんですが」
「なんだ?」
「いっそ、起業しませんか?」
「なんと?」
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夕飯時。台所からは油の跳ねるいい音が聞こえてくる。胃袋を刺激する、よい香りも漂ってくる。買って来たばかりの防具の準備をして、時間を潰す。三人分なので、そこそこ手間がかかる。今はそれがちょうど良い。
特に、使い込んでいる俺の装備は汚れがある。普段は気にしないが、今日ばかりはと磨いてみたりもする。新品と並べるとどうしてもみすぼらしさがあるしな。
しつこい汚れと格闘することしばし。
「せんぱーい、ごはんですよー」
「おーう」
小百合に返事を返し、掃除道具を片付ける。磨いた防具は、多少マシになった。手を念入りに洗い、食卓に着く。テーブルの中央に山盛りになったのは本日のメイン。ケイブチキンのから揚げだった。
綺麗な小麦色は、輝いているように見える。漂う香りは、もはや暴力的だ。
「さあ食べましょうすぐ食べましょう! 正直料理中、我慢できなくなりそうでした!」
「味見とかしなかったのか?」
「これは皆と食べるべきだって己を言い聞かせました!」
絶壁の胸を張る小百合。妹の心意気に兄もイケメンフェイスでにっこりである。
「ようし。それじゃあいただくとしよう。今日はおつかれさまでした! いただきます!」
「「いただきます!」」
迷わず箸を唐揚げへ。一瞬、野菜も食べろと理性がささやくが無視を決め込む。馬鹿め、お行儀よくなどしていられるか!
揚げたての熱で苦しまぬよう、はふはふと息を吹き込みつつかじりつく。耐えられるギリギリの熱さで肉汁と油が口内に流れ込む。
美味い。濃厚な味わいが一気に広がる。だが本当に熱い。ここで欲望に負けて肉を食らえば火傷は必至。もう少し冷ますべく我慢。はふはふ。
かみ千切る。肉の味わいが、無限に広がるかのような感覚。幸せ。ああ、幸せだ。人間は肉を食べると幸せになれるのだ。そして、思い出したように白飯を掻っ込む。あああ、ごはん最高ーーー!
「美味ーい! なんだこのから揚げ、無限に食える!」
一つ、二つ、三つと平らげてやっと言葉が出た。それぐらい食べるのに夢中だった。
「米と合う。おかずとして最高だ。単品としても文句はない。ああ、箸がとまらない」
いつもはまじめな勝則も、今宵ばかりはやや混乱が見える。無理もない。美味しいものは人の理性を奪うのだ。他ならぬ、俺もそう。
「ケイブチキンをこんなに好きに食べられるなんて。高級店は予約一年待ち。鳥ガラ使ったラーメン店も数量限定でやっぱり予約必須。それなのに……」
ふるふると、幸せで震えながら小百合がため息を漏らす。
「一次生産者の強みだな。これからは食いたい放題だ」
とはいえ、それはそれとして野菜も食べる。大学時代は肉だけを思う存分食べたが、最近そんな無理が利かなくなってきた。これが歳を取るということなのか……。もっとオッサンになったら一体どうなってしまうのだろう。ちょっと未来が怖い。
「……は。いかん。お腹がいっぱいになる前にこいつも味わわねば」
テーブルの上に転がっていた白いそれに手を伸ばす。しっかり固ゆでにした、タマゴである。もちろん、産んだのはケイブチキン。地下から持ち帰ったこれが、もう一つのお楽しみである。
残念ながら、これは売ることができない。日本に流通しているタマゴは、厳しい衛生管理の元に生産されている。何故かといえば、食中毒の原因であるサルモネラ菌が繁殖しやすいからだ。
生卵が食べられるのも、生産者の方々の努力によるもの。そして当然ながら、ケイブチキンのそれは全く管理されていない野生のもの。生食などもってのほか。固ゆでにしても、安全は保障されない。
一応俺たちも、サルモネラ菌について勉強してみた。ネットで調べた程度だが。それによれば、10度以下であれば繁殖を抑えられるのだとか。だから冷蔵庫に入れるのか、と大いに納得を得た。
あとは新鮮であること、取ったら外側を洗うこと、カビなど付いていないか確認する、しっかり加熱するなどなど。普段当たり前のようにやっている事には意味があった。この歳になっても学ぶことが多いと改めて思った。
まあ、そんなわけでとりあえず固ゆで卵を塩でいただく。不安だったら食べなくてもよいと言ったが、二人も味は気になる様子。俺としてはタマゴの滋養が気になっている。
「では、いざ」
殻を取ったゆで卵にかじりつく。食感は、一般的なそれと同じ。だが、咀嚼し味わってみれば違いをはっきりと感じた。濃厚、この一言に尽きる。固ゆでにしたタマゴというのは、味が淡泊である。しかしこれは違う。
黄身と白身、両方が強く味を主張する。塩はいらなかったかなと思うほど。全く違う食べ物を口にしているかのようにも思える。
「こんなに違うんですね……これ、ちょっと普通のお料理には使えないかも」
さすが台所を任されているだけあって、小百合の感想は俺たちとは違う。言われれば確かに、普通の料理に使えばこれの味が主張しすぎるかもしれない。
とはいえ、美味しいことに変わりはない。から揚げと米と野菜でだいぶ腹が満たされていたというのに、あっという間に食べきってしまった。
……ケイブチキンを食べることで、アスリート達は記録を伸ばしてしまうという。肉に加えてタマゴまで食べるようになった俺たちにはどんな効果があるのだろうか。ダンジョン労働がやりやすくなることを願う。
楽しい時間は一瞬で過ぎるもの。山盛りだったから揚げはあっという間に皿から消えた。他のおかずもあらかた食い尽くし、俺たちの腹は満たされた。食器を洗い場に下げ、三人で卓を囲んで湯飲みを傾ける。
「……で。かっつん、そろそろさっきの話の続きを頼む」
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