第12話 デス・フロム・アバブ
「コケーッ!」
ダンジョンの天井付近を飛び回っていたケイブチキンの群れ。それらの内、数羽がこちらに気づく。たいして大きくない翼で羽ばたき高さを稼ぐと、蹴爪を立てて急降下を開始した。
「迎撃っ!」
「カット!」
「スパーク!」
俺が正面に立ち、盾を構えて壁になる。その陰に隠れた二人が呪文を放つ。圧縮した空気の刃と、まばゆい稲妻。それらの効果は劇的だ。羽根をむしられ、制御を失い落下する。あるいは電気に痺れ、硬直する。
一撃必殺ではない。しかし、戦闘能力を大きく削がれる。少なくとも、飛び掛かりは失敗する。それ以外のニワトリを、俺が体を張って防ぐ。
「ぐぬぅぅぅっ!」
さながら、至近距離でドッジボールを受けるかのよう。重い衝撃が幾度となく盾を襲う。危うく手放しそうになるそれを必死でつかむ。手放したら終わりだ。冷や汗が全身ににじみ出るのがわかる。
「コケッ」
「げ、えっ!」
上ばかり気にしていたのがまずかった。地上に降り立ったケイブチキンが、足元に群がってきたのだ。反射的に足を上げて、安全靴で受ける。分厚い鉄板が鋭い嘴から守ってくれた。だが、これは不味い。今のは完全に偶然だ。
「きゃあっ!?」
「このっ!」
兄妹も、この事態に浮足立っている。呪文やキックで対応しているが、上手くいっていない。上からの攻撃にも対処しなくちゃいけないからだ。
指示が、必要だ。
「かっつん! 上をかき乱せ! 攻撃させるな! サッチー! 落ちたやつを痺れさせろ! 倒すのは後!」
「「はいっ!」」
兄は天へ、妹は地へと腕を伸ばす。放たれる呪文は同時だった。
「ウィンド!」
「ショック!」
突風が吹き荒れる。大の大人でも歩行困難になるような強風。それによって薙ぎ払われれば、体重の軽いニワトリが耐えられるはずもない。なにより、空中では踏ん張る場所もない。四方八方、吹き飛んでいく。
「コケケケーッ!?」
「ゴケェッ」
心なしか悲し気に聞こえる鳴き声が遠ざかる。壁にぶつかって悲鳴も上げているニワトリもいる。上の状況は改善された。
「ゴゲゲ」
地を這うような電気が、周囲に張り巡らされている。全くもって器用なことに、俺たちの足元には流れてこない。流石は魔法だ。
感電したニワトリは、動きが鈍っている。そんな状況であるから、こちらへの攻撃などできやしない。
これなら、何とか対処できる。不味いかと思ったが、やはり魔法は偉大だな。そう思っている所へ、遠方から騒がしさが近寄ってきた。羽音と鳴き声。
「先輩、別の群れがっ!」
「かっつんはそのまま続行! 風で吹っ飛ばせ! サッチー、俺と一緒に地面に転がってるのに止めを!」
新しい指示を飛ばしながら、俺の頭脳に閃きが走った。痺れて動けないケイブチキン。上手く仕留める方法はなにか。
踏む。確実に倒せる。装備で重量増加した今の俺の体重は、こいつらには必殺の凶器。しかし、これは食肉として売りに出すもの。損傷を大きくしたくないし、抵抗もある。サンカク。
ライトメイスで殴る。これも損傷が大きくなる。さらに、軽いから必殺とは言い難い。いちいち屈伸しなきゃいけない。バツ。
正解は、これだ。
「ふんっ」
「ゴゲ」
大盾の縁で、首を狙う。さながら、ギロチンのごとし。断ち切れなくてもいい。勢いと重さがあれば、気道は潰れるし首の骨も折れる。残酷極まりないが、これは命の取り合いだ。こいつらに群がれれば俺たちだって死ぬのだから。
というわけで続行。我ながら、いい攻撃手段を思いついた。軽く膝を落とすだけで攻撃ができる。ハナマルだ。
「先輩、防ぎ切れません!」
「何っ!?」
調子に乗って仕留めることに集中しすぎていた。慌てて上を見上げれば、勝則の風を突破して俺たちに迫るニワトリが3羽。咄嗟に、小百合の前に立って盾を構える。重い衝突音が周囲に響く。蹴爪が、盾の表面を削る。
何とか間に合った、と油断したのが悪かった。
「コケケッ!」
「ごっふ!」
腹に、強烈な衝撃を受けた。地面に降りたニワトリが、体当たりを仕掛けてきたのだ。何という蹴り足か。飛び跳ねただけで、こんなに強い一撃を繰り出すとは。嘴を立てられていたら、腹に穴が空いていたかもしれない。
上からの衝撃に耐える体勢だったのが良くなかった。バランスを崩して、転倒する。まずい。これでは袋叩きにあう。
何とか立ち上がろうともがく。腹の痛みで、上手く呼吸ができない。動きが鈍る。ケイブチキンが、目の前に迫る。
「させるかっ!」
「コケケッ!?」
惚れ惚れするような長い脚が、俺を救った。安全靴による蹴り飛ばしがニワトリに命中。数メートルほど転がっていく。
「コケーッ!」
「やかま、しいっ!」
もう一匹の襲撃については、ライトメイスが間に合った。苦し紛れの横スイング。上手く頭に命中、よろめかせる。
ニワトリに見合わぬ身体能力をもっていようと、その構造は一般動物と同じ。耐久力も常識外れとは言えない。わずかに時間を稼ぐ程度なら、十分な一撃だった。
「カット!」
「スパーク!」
「「コケケッ!?」」
そして、魔法によって止めが刺される。周囲が、静かになった。あれ程煩かった鳴き声も羽音も、もうない。全部は仕留め切れていない。風に追い散らされ、そのまま逃げて行ってくれたようだ。
どっと疲れが来た。乱れていた息を整える。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「ああ。ありがとう、かっつん。……防具の更新も必要だな、これ」
手を借りながら、立ち上がる。俺を心配そうに見る二人を確認する。どうやら、怪我はないようだ。良かったと腹の痛みをこらえて胸をなでおろす。
「怪我をされたんですか?」
「いや、打撲程度だ。ヤバイ痛みはない。休めば大丈夫。それより、早い所片付けて離れよう。次が来たら耐えられん」
地面に置いておいた大型リュックから、ビニール袋を取り出す。転がっているケイブチキンを詰め込んでいく。痛みはあるが、動いて響くものではない。骨は折れていないようだ。よかった。危なかった。油断だった。
特に、防具の少なさは致命的だろう。今着ている作業着は、多少の分厚さがある。一般的な洋服よりはマシだが、防御力という点では気休め程度でしかない。
動きやすさを考慮しなくてはいけないが、それでも色々身に付けなくてはいけない。腹とかどう考えても致命的じゃないか。あと股間も。早急に対処しなければ。次の挑戦までには、絶対に。
「よし。全部持ったな」
リュックサックには思いのほか入ったが、全部ではない。だがそれはビニール袋でどうにかなった。それを手に持てば、今回の収穫は持ち帰れる。
……おまけの成果物もあった。こちらは売れないが、あると嬉しい。我が家の冷蔵庫行きだ。
「先輩、ここは自分が……」
「いや、かっつんは前方、サッチーは後方を警戒してくれ。急いで帰るぞ。二回目の戦闘は避けないと」
「そう……ですね」
二人とも、短時間での魔法の連射は中々にこたえたようだ。顔に疲れが見える。連戦は厳しいだろう。
そんなわけで、俺たちは足早に地下二階から引き揚げた。幸いにもケイブチキンの群れには遭遇せず、地下一階でもビッグアントに絡まれなかった。まあ、後者に関してはこれまでの間引きが利いているのだろうけど。
移動中は、冷や汗が止まらなかった。ダンジョンに入ったばかりの頃の緊張感が蘇っていた。いや、俺は油断と慢心をしていたのかもしれない。兄妹の魔法があればなんとかなると、そんな甘い考えでダンジョンに入っていた。
その結果が、防具を怠るという間抜け極まる現状だ。今回は、俺が痛い目を見ただけで済んだ。これが二人だったら、どうなっていた? 両方とも、最低限の防具しかつけていないのに。
何たる様だ。どの面下げて先輩などと呼ばれている。恥を知れ。
「先輩、あと少しです。頑張ってください」
「……ああ」
顔をしかめている俺が、痛みに耐えていると思ったのだろう。勝則がそう励ましてくる。まったく、穴があったら入りたい。
悔恨に懊悩していても足は進む。見慣れた区画に戻ってきた時は胸に安堵が広がった。階段を上り、庭にたどり着く。時間はまだ昼前。ダンジョンに入っていた時間は一時間もない。なのに、めまいがするほど疲労困憊だった。
縁側に荷物を下ろし、ひっくり返る。
「お疲れ、さまでした……一休みしましょう」
「いや、ダメだ……クーラーボックスに、ケイブチキンを放り込む仕事が。これをやらなきゃ、せっかくの成果がダメになる」
最後の力を振り絞って起き上がる。目の前が暗くなるほどに、はっきりわかる疲れ。とはいえ、やらないわけにはいかない。
用意してあったクーラーボックスに、リュックの中身を移し替える。そして冷蔵庫に突っ込んであった保冷剤を詰め込んでいく。大量に。
大型のクーラーボックス、三つになんとか詰め込んだ。そして今度こそひっくり返った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます