第11話 ステップアップ

 論理魔術基礎知識なる分厚い本を手に入れた兄妹。毎日の仕事で忙しいのに、時間を見つけてまじめに勉強を続けた。元々、大学では成績優秀だった二人だ。見る見るうちに、魔法の技を身に着けた。

 先に目覚めていた小百合は、ほんの数日で自在に稲妻を出せるようになっていた。その威力たるや目を見張るほど。人に当てたら怪我じゃすまない威力を、簡単にバシバシぶっ放す。

 試しにとビッグアントに当ててみた所、ワンショットワンキル。見事な威力だと感心する。ちょっと戦慄もする。もう小百合の背丈をからかうのはやめておこう。

 で、そんな風にしていたら勝則の方もいつの間にか魔法を使い始めていた。元々、なんとなくできそうだと感じていたとのこと。うらやましい限りである。俺? 何の兆しもないよ。体力付いただけ。

 店員さんの見立て通り、ピカっと光ると対象が切れるというシンプルかつやべー魔法をぶっ放している。本人曰く、消耗が少ないらしい。なので連射やら継戦能力にすぐれていると申告された。

 こちらもやはりアリ相手に試し撃ちしてもらった。もー、ね。すごいよ。やばいよ。アリがスッパスッパ切断されるよ。俺の苦労は何なのかと二人の見ていない所で膝から崩れ落ちるレベル。

 だが、俺の心情など今は考慮している場合ではない。もっと大事なことがある。そう、二人の参戦によりアリ退治の効率が劇的に向上したのだ。

 俺は安全を考えて、一匹のアリに数分をかける。あくまで上手くタイマンに持ち込めた場合だが。複数体だとそんなこと言ってられない。だが、この二人にかかれば一分で数匹倒せる。もちろん、安全にである。

 こうなると、俺が戦う必要はない。足手まといである。なので、仕事が逆転する。二人が倒して、俺がゴミ袋にビッグアントを入れて運搬する。効率は段違いに向上した。

 なお、資格取得前なのに魔法を使っていいのか、という話については……わりとグレーゾーンである。

 警察の前で、堂々と無免許で魔法を使ったらそれは捕まる。だがここはウチのダンジョン。取り締まる人はいない。通報する人もいなければ、証拠を押さえる人もいない。

 加えて、ダンジョンボランティアの名目があれば大概の事は御目こぼしされるのが現在の風潮である。いつだか、銃刀法で通報したが握りつぶされたみたいな報告がSNSで流れてきたことがある。

 付いたレスは否定的、よりはっきり言えばボッコボコにされていた。余計なことをするな。ダンジョンのモンスターがあふれ出てきたらお前責任取れるのか。お前が戦え。

 モンスターへの恐怖心と、SNSという直接的でない言論の場。そして集団心理が働いて、そのコメントは火祭り会場となった。炎上的な意味で。

 そのような状態だからやってもよい、というのはあまりに危ういのは理解している。なので、二人には大急ぎで資格を取ってもらう必要があった。

 なのでまあ、一週間ばかり俺が頑張ることにした。仕事の負担の多くを俺が受け持ち、試験勉強に集中させた。二人は最初これを拒否した。


「そのような事をしてもらわなくても、自分たちは合格して見せます」

「そーです!」

「やっかましい。現状のグレー状態を脱するのが一番大事じゃい。四の五の言わず勉強せい。目指せ一発合格!」


 押し切った。最終的には家主権限も振りかざした。そこまでやれば、流石の二人も大人しくなった。……何で二人してしょうがないですね先輩は、とかいうのかな。遺憾である。

 さて、そんな兄妹の勉強の甲斐もあり無事に第一種迷宮特異技術資格の取得と相成った。めでたい。ちなみに即日交付だ。現場の人間としてはとても助かる。

 盛大に祝ってやりたいが、酒宴を開く余裕は俺の懐にない。何とも情けない限りである。三人食っていくのでやっとだ。昨今はビールですら高い。……安売りで焼酎の大瓶売ってたなあ。今度買っておくか。趣味じゃないが無いよりましだ。

 そして、いつも通りの夕食後。


「さて、改めておめでとう。これでお前たちの前途は大きく広がったわけだ」


 もはや、ブラック企業に滑り込むことを考えなくていい。大企業から大枚でスカウトを受ける立場だ。ちなみに、ダンジョンで金銭になるモンスターを狩猟したりアイテムを入手することを生業とするものをハンターと呼ぶ。

 俗称であり、正確には乙種ダンジョン免許所持者である。長いしダサいから誰もそう呼ばないが。


「ありがとうございます先輩。これで、ダンジョンでよりお役に立てられるかと思います」


 だというのに、勝則はいつもの調子である。


「今の私たちなら、行けちゃうんじゃないですか? 地下二階」


 ……妹の方もこれである。


「いやいや、まてまて。せっかく資格取ったんだぞ? 当初の目的を思い出せ。これで大企業へ入って生活を安定させられるじゃないか」


 ……兄妹が互いを見合って、肩をすくめた。なんだよ、そのやれやれってのはよ。


「先輩。自分たちが魔法に目覚め、資格を得られたのはここに置いてもらえたおかげです。そのご恩を全く返しておりません」

「そーいうのは気にするな」

「気にします! すごーく、気にします!」

「小百合の言う通りです。これをないがしろにするのは人の道に外れます。それこそ、あのチャラのように」


 勝則の出したチャラ男というのは流のやつのあだ名、というか蔑称である。勝則と流はそれなりに仲が良かったのだが……今回の一件は、彼としても腹立たしいものだったようだ。

 もちろん、俺とて奴への恨みは忘れていない。アレのやらかしを忘れられるわけがない。それを引き合いに出されると、そうかもなという思いも湧いてくる。だけどなあ……。


「先輩。逆の立場になったとして考えてください。誰かにそれほどの施しを受けたら、先輩はどうしますか」


 あー……それを言われると、弱い。たしかに、逆の立場だったら身を粉にして働くだろう。でも、なあ。

 うぐぐ、と唸る俺に細い指を突き付ける娘あり。


「では、こういうのはどうでしょう先輩。大手企業に中途採用されるなら、やはり実績がものを言います。先輩のダンジョンでそれを積んで、キャリアにするというのは」

「なるほど。それはとても良いな」


 何が良いって、二人がここで働く時間が無駄にならないというのが良い。こんな所でうだうだして、輝かしい人生を無駄にしてほしくないのだ俺は。


「……では、そういうことで。とりあえず、地下二階ですね」

「ああ。ケイブチキンを狙うぞ」


 ケイブチキン。洞窟ニワトリなどという名前だが、外見はほぼ普通のそれと同じだと学んだ。大きな違いは、宙を飛ぶこと。大きくジャンプする、などというレベルじゃない。まん丸と太っているくせに、スズメのように飛び回るのである。

 物理学を若干無視したこの能力に、発見当初は大きく盛り上がった。魔法の一端を掴めるのではないかと。残念ながら、科学的にはこれを解明できていない。なぜケイブチキンはあの体形で空を舞えるのか。解明されないダンジョンの不思議の一つである。

 そんなケイブチキン。最大の特徴はずばり、味である。大変、美味しいのである。その味と、狩猟難易度によって値段は高騰を続けている。庶民が軽々しく口にできるものではない。俺も食べたことがない。

 これを狩れるようになれば、懐事情は大きく改善されるとみている。なんせ高級肉である。これで高値が付かなかったらどうしてくれようというレベルだ。まあ、上が搾取するような動きを見せたら、独自で売ればいい話であるが。手間は間違いなくかかるだろうけど飢えるよりはましだ。

 さて。狩猟に関して問題点は三つある。一つ目、宙を飛んでいる。床から3~5mの位置。手の届かない距離。クォータースタッフでもギリ。届いてもまともな打撃は与えられない。

 が、これについては大丈夫。俺一人じゃ難敵だが、兄妹の魔法があればなんとかなる。

 次。群れであるということ。一つの群れにつき10匹以上。当然ながら、一匹へ攻撃すれば残りが報復するため襲い掛かってくる。

 二人の魔法は単体用。複数を攻撃するそれは、まだ勉強中らしい。それを覚えてから、というのは悠長が過ぎると兄妹から苦言をもらった。

 幸い、二人の攻撃は威力が高い。一撃必殺であるならば、工夫次第では処理できるだろうと考えている。

 最後。その攻撃力。ビッグアントのように、建物を損壊させるほどのパワーはない。それでも、嘴と爪は脅威だ。その鋭さは、ヒトの皮膚にあっさりと穴を開ける。群れで一斉にかかられては、命が危うい。実際、地下二階で命を落としたという話もある。一生消えない傷を負った話はもっとある。

 対策をしなくてはいけない。となれば、相談できる相手は一人だ。いつものホームセンターへ。


「ケイブチキンに挑戦しようと思うんです。攻撃は魔法でどうにかなるんですが、防御をどうするか悩んでおりまして」

「では、こちらをどうぞ」


 挨拶もそこそこに状況を伝えると、店員さんは一つの棚を指さした。そこにあったのは透明な板。強化プラスチック製の大盾だった。形は、いわゆるタワーシールドと呼ばれるそれ。長方形で、湾曲している。持ち手は二つあり、両手でしっかり構えられそうだ。


「意外と軽い……これ、大丈夫なんです?」

「しっかりと、実戦証明されていますよ。ケイブチキンの嘴や爪程度では、傷しかつきません」

「傷はつくんですね……」

「そこは自分がケガするよりマシと受けいれていただく形で」


 せっかくの新品だから、なるべく傷なしで……と考えるのはエゴだったか。戦うための道具だ。その辺は諦めるべきか。


「あとまあ、そうですね。さすがにこれを構えている状態ではクォータースタッフは満足に振り回せないでしょう。あちらでもどうですか?」


 示されたのは、中々に凶悪な代物だった。長さは50cmほど。持ち手は滑り止めを考慮されたラバー製。本体は金属の棒。そして先端は放射状の突起が溶接されていた。


「メイス。取り回しと軽さを考慮されているのでライトメイスと呼ぶ武器ですね。ちなみにヘビーはこっち」

「うわあ、えぐい」


 ライトであるとされるそちらに比べ、ヘビーの方はよりゴツい。試しに二本を持ち比べてみると、違いはより明確だった。ライトの方は本当に軽く、重さは先端部分にしか感じない。

 やや頼りなくもあるが、片手での取り回しやすさは圧倒的にこちらが上だった。対してヘビーの方は正しくずっしりとした手ごたえがある。こいつをぶち当てれば大きなダメージを期待できる。そんな確信を持てる。

 頑丈さもこちらが上だろうし、かなり無茶に振り回しても壊れることはなさそうだ。


「流石に、ケイブチキン相手にそちらは過剰でしょう。けん制ならばライトメイスで十分かと」

「うーん、たしかに。盾と一緒だと、こっちがいいですね」


 左手で大盾、右手にライトメイスを構える。今回の目的は防御なので、攻撃力は最低限でよい。……ヘビーメイスには心惹かれるものがあるが。いつかこいつを振り回してみたい。使える相手、思いつく限りだと地下四階にしかいないけど。地下三階のやつは、魔法で十分だろうしなあ。

 俺の視線の先を見たのか、店員さんが首を振る。


「全身ほぼ食材であるケイブチキンや地下三階の相手ならともかく。その下を狙うならば、メイスに頼っては駄目でしょう。やはり、こちらを使えねば」


 棚に並ぶ刃の数々。ショートソード、グラディウス、ブロードソード、ロングソード。ホームセンターにあるとは思えぬ、ファンタジーな品揃え。戦いの為の剣が揃っていた。

 ダンジョンが発生した現代においても、銃刀法は健在である。街中でこれらを持って移動することは違法だ。

 しかし銃と同じように登録を済ませ、ダンジョンまたはそこからあふれたモンスターを駆除する場合に限り使用が認められている。もちろん、人へ向けるのは犯罪である。

 棚にもその辺の警告文がしっかり記載されているし、剣はすべて抜けないようにロックがかけられている。刃が潰れた模造品のみがこの場で触ることができる。それだってチェーンで繋がれているのでほぼ振り回せない。

 ちなみに、子供はこのコーナーに入る事も許されない。十五歳未満進入禁止である。


「やっぱ要りますかね、剣」

「地下四階以降のモンスターは正しく人外魔境。よほどの怪力でもない限り、ただ殴るだけでは倒せません。切る、刺す、断つ。そして出血。より明確に命を奪いに行かねば」

「地下四階……だいぶ先の話ですねえ」

「だからこそ、早めに準備を始めておく必要があると思いますよ」


 確かにその通りだ。今は使えない。知識と技術なしに刃を振るえば、傷つくのは自分や周囲である。『民間ダンジョン管理技法』でも厳しめに警告が乗っていた。だが、できないからと避けていてはいつまでたってもそのままだ。

 ……いやな記憶が浮かんできた。前職で、ろくに知識のない仕事を振られてひいひい言いながらこなしたことがある。調べながらだから、まあ時間がかかった。あの時に比べれば、勉強する時間があるのはいい事だ。

 ためしに、模造品を鞘から引き抜いてみる。ブロードソード、あるいはバスタードソード。日本語で言うなら片手半剣。片手持ちでも両手持ちでも使える、という意味である。

 刃が潰れているので、剣の恐ろしさというものはそれほど感じない。しかしこの重みは暴力を伝えてくる。振るえば、命を奪うだろう。今の俺には過ぎた武器だ。素直に鞘に戻し、棚に置いた。


「ケイブチキンを安定的に狩れるようになったら、練習を始めてみます」

「結構なことです。あとは、そうですね。地下二階から戦利品を持ってくるのですから、大型のリュックサックがあると便利ですよ。あちらがキャンプコーナーです」

「うーん、商売上手。買わせていただきます」


 かくて準備は整った。後は挑むだけである。


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 そして、今に至る。

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