第10話 別視点からのアドバイス
あまりの状況に、脳の演算処理が鈍くなっている。衝撃的過ぎる。落ち着け俺。つまりどういうことだ? 小百合は魔法が使える。そういうことだ。
「やったなサッチー。ダンジョンドリーム、掴めるぞ」
成功者への道が開けたということだ。さらば苦労だらけの人生。こんにちはセレブ生活。大昔でいうところの3K、キツイ、汚い、危険な労働だが、それに見合う報酬がある。少なくともブラック労働で使い潰されるよりはましだろう。
……であるというのに、小百合の表情は浮かないものだった。勝則も、眉に皺を寄せている。
「……どうした、お前ら。嬉しくないのか?」
「いえ……少々、戸惑っているだけです」
とてもそうは思えない。……が、無理して聞き出せる空気でもない。とりあえずいったん保留。代わりに別の話題を出す。
「そういえば。魔法って確か資格なかったっけ?」
「ああ……たしか法整備がされたとニュースで見ましたね。となると、資格試験に合格しなければ使用は違法になりますか」
「免許なしで運転するようなものだな。ってことは試験勉強が必要だな……えーと、ちょっと待てよ?」
俺は自分の部屋から『民間ダンジョン管理技法』を持ってきた。ダンジョンにまつわる事なら大抵これに乗っている。
索引を調べると案の定、それにまつわる部分が記載されていた。
「何々……? 『魔法とは、広義的なマナ操作技術の通称です。本人の適正によって実際に発現する現象は異なります。その為まずは専門家、または専門機関での調査が必要となります』……専門家、なあ」
俺にとって、思い当たる人は一人しかいなかった。
そんなわけで、浮かない顔の二人を軽トラに押し込んでホームセンターまでやってきた。いつも通り、程よく騒がしい店内をダンジョン設備のブース目がけて進んでいく。
お目当ての女性は、すぐに見つかった。
「あら、まあ。やあ御同輩、と言うべきかしら?」
そして第一声がこれである。
「店員さん。それはいったいどういう……?」
「どうもこうも。こちらのご兄妹の親のどちらか。あるいは両方。私と出身が同じか、あるいは同業者だと思いますよ? ダンジョンへの適応、早かったのでしょう?」
特別大きな声ではない。届くのはほんの数歩先の俺たちだけ。なのに、なぜかその言葉は氷でできているような冷たさを感じた。
俺はすこし震えが走る程度だったが、兄妹のほうは劇的だった。表情が、酷く硬いものになる。まあ、これはしょうがない。彼女の言い方云々の話じゃないんだ。
「あー……すみません店員さん。この二人にとって親の話は地雷でして」
「あら、そう。それは失礼したわ」
いつもの丁寧な言葉と態度はどこへやら。言葉と同じように振舞いもまた冷たさを感じる。うーむ、これはいけない。っていうか怖い。
「で、ですね。ご存じかもしれませんが、資格を取るにあたりこの二人の適正ってやつを調べたいのですが……」
「二人とも論理魔術系。得意属性は兄の方は切断、妹は雷といったところね。それ一本でも十分だと思うけど、せっかくだからしっかり勉強するといいわ。できることの幅が大きく違うから」
さらりと言ってのける。これが、プロか。
「……見ただけで分かるものなんですか?」
「私の得意分野なので。さてお客様。こちらが第一種迷宮特異技術資格試験対策テキストです。で、こちらが論理魔術基礎知識。お二人で使うなら一冊ずつあればいいでしょう」
「両方とも、分厚いですね。そしてお高い」
小百合が唸る。俺もそう思う。コピー用紙のA4サイズで、どちらも300ページはありそうだ。自分がこれ勉強しろって言われたら逃げ出したくなるな。あと本当高い。半額になりません? って言いたくなる。
「資格試験のテキストなんてこんなものでしょう」
「まあ、そりゃそうなんですけどねえ」
需要が無ければ、物は売れない。魔法の素質に目覚められるのはごくわずか。単価が高くなるのは致し方ない。だけど理解できるのと納得できるのは違う話なのだ。
それはそれとして。兄妹はテキストが置かれた棚の前で固まっている。二人とも、その表情は険しい。値段が理由ではないだろう。俺のあずかり知らぬ、親にまつわる話。それが二人を縛っているのは容易に想像できた。
軽々しく、触れられる問題ではない。そもそも、良い言葉が思い浮かばない。
それでも何とか、と絞り出そうとしたところ先に動いた人がいた。店員さんである。
「お二人とも。己の由来になにやらわだかまりがあるようだけど。で、あればこそ。その資質を自分たちの為に使うのも一興ではないかしら」
二人が、訝しげに振り返る。店員さんの表情はフラットだ。感情なく、淡々と情報を伝える。
「……自分の為?」
「ええ。貴方たちの出生には、何かしらの意味があるようね。自分で言うのも何ですが私の同族、同業種というのは中々業が深い。結婚そのもの、子供の育成といった人の営みにまで策を巡らせる。だけど、それはあくまで親の意志。子が従わなければならないという道理はない」
勝則の問いかけに言葉を紡いでいく。説教でも授業でもない。いっそ呪文を唱えていると言われた方が納得がいく。見ている世界、生きている世界が違う。異なる世界の常識を語る。
「見るに、すでに自由を得ている様子。つまり親の計画からは外れている。そちらの立場から見ればその時点で大損害。仮に私だったらと考えるだけでもおぞけが走る。……まあそんな連中の思惑はさておき。せっかく勝ち取った人生。あるものは使わねば損でしょ」
「……連れ戻される、可能性は」
「私からは何とも。どれほどの腕前かはお二人を通して推察する程度だけど。もし仮にその気だったらとっくに動いているはず。でもそうでないのであれば、そこには理由があるはず。……まあ、しょせんは憶測だけど。ともあれ、そんな時の為にも、力は必要ではないかしら?」
二人は、しばし目を閉じて考えを巡らせた。そして見開き、互いの意志を確認し合ってテキストに手を伸ばした。
「貴重なご意見、お礼申し上げる。いくぞ、小百合」
「はい、兄さん。お世話になりました」
二人は店員さんに頭を下げると、レジへと向かっていった。俺は胸をなでおろした。
「すみません、お手数をおかけしまして」
「大したことじゃない……んん、失礼しました。それよりお客様、あのような二人を一体どこで拾って来たので?」
振る舞いを客商売のそれに戻そうとする店員さん。が、どうにもすでにボロが出ている。イマイチ戻しきれていない。俺はまったく気にしない。むしろ親しみやすくてよいと思うが。
「大学の後輩です」
「そう……ですか。お客様、老婆心ながら御忠告します。あの二人についてはよく面倒を見てやった方がよいかと。生まれる前から、何かを背負わされている。一般の世界で生きるには、重すぎるものを。……うん、そう考えるとダンジョンにかかわるのは正解かもしれませんね」
何やら納得のご様子。俺にはさっぱりわからない。が、あの二人については思い当たる所が色々ある。学生時代から、様々な苦労をしていた二人だ。それは生活や学費といった面だけでなく、人付き合いでもそうだった。
なにせ人当たりよく、見目麗しい。狙ってくる相手は男女問わず多かった。トラブルも当然引き寄せた。俺のような凡人が、思わず手を貸すほどには苦労していた。
……そして気づく。なんだ、今もやっている事じゃないか、と。
「まあ、ぼちぼちとやっていきます……っていねえ!?」
またもや、店員さんはその姿を消していた。うーむ、二人の属性? みたいなやつを一目で見分けていたし。やはり魔法使いなのかしら?
謎は深まるばかりである。美人だから話せるだけで儲けものなのだが。
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