第7話 御影兄妹
初日に失敗したおかげか、その後は問題なくアリ退治を続けられた。肉体労働具合はほぼ据え置き。収入は微増といった感じである。
アリ退治を始めて一週間。こけ玉がほとんど罠にかからなくなった。適正数になったということらしい。ほったらかすと増えるらしいので、罠はそのままにしておく。かかったらヒーターを出せばいい。
こけ玉菜園は順調である。すくすくと成長しているので、そのうち二回目の収穫ができるだろう。野菜代が節約できてとても助かる。
そんな風に、労働形態に変化が現れた頃。一仕事終えた夕方。スマホに懐かしい名前が表示された。大学時代の後輩のものだった。もちろん、流のアホではない。
「……珍しいな。もしもし?」
『お久しぶりです、入川先輩。……なにやら、大変なことになっているようで』
涼やかな男の声。卒業以来会っていないから、だいたい三年ぶりくらいになるか。こいつとその妹のことはよく覚えている。何かと話題になる双子だった。色々あって、よく行動を共にしたのを覚えている。
「ああ。まあ、被害届は出したし、なんとかやってるよ。そっちはどうだ? 妹は?」
『……久しぶりの電話でこんな話をするのもお恥ずかしい話なのですが。端的に申しまして、困窮しています』
彼とその妹は、就職先を地元ではなく東京に定めた。ここいら一帯の求人は少なく、条件の良い場所は輪をかけて数がない。俺自身、電車で遠距離通勤だった。
風のうわさで何とか就職できたという話は聞いていたのだが。
「何があった?」
『会社がダンジョンで傾きました。……物理的に』
「物理?」
曰く、会社が入ってたビルの土台部分にダンジョンができてしまったらしい。運悪く、そこは昭和時代のオンボロビル。老朽化が進んでいた事もあり、倒壊の危険が出てしまった。だが、それだけならまだよかった。
『うちの会社、かなり経営が自転車操業で……この騒動で納期に間に合わない仕事がいくつか出てしまったんですよ』
「と、いうことは」
『はい。資金のショートが確定。自分たちの給与や融資返済などの支払いが不可能となりまして。……社長は翌日に、会社の金をもって逃亡しました』
「うわあ」
言葉もない。俺がこうなのだから、当時の現場の混乱ぶりはさぞかし修羅場だったのだろう。
『このままでは自分たちも巻き込まれる。そう思い東京のアパートを引き払ってきたというのが今の状況です』
「……まて。今お前ら何処にいる」
『大学の駅前です』
俺は、大きくため息をついた。行動は間違ってない。潰れる会社の後始末に巻き込まれ、いらない苦労を背負うという話は時折耳にする。わざわざそんな面倒事に首を突っ込む理由はないだろう。よほどの思い入れが会社にあれば別だが。
それに、御影兄妹にはそういった感情に流されていられない理由がある。何といっても、学費ローンの返済があるのだ。俺? 俺は親が……呪われろ、は言い過ぎだったな。取り下げよう。
それはさておき。
「今から言う駅に移動しろ。迎えに行く」
『それは……』
「今日泊まる場所、あるのか?」
『……ネカフェにいこうかと』
「とりあえず家にこい。部屋は余ってるからな。今後の事は落ち着いてからでいいだろう」
『ありがとう、ございます』
場所を伝え、電話を切る。財布と免許証と車のカギをひっつかむ。……軽トラだがまあ、ふたりで助手席に乗ればなんとかなるだろう。そこそこ田舎ではあるが、ドが付くほどではない。うっかり通報される可能性があるから、荷台に乗せるわけにはいかない。
ド田舎ならいいのかって? 親の故郷が山奥にあってな……などという話はどうでもよい。
俺は軽トラに乗って、駅前へ向かった。道は空いている。帰宅ラッシュなどはない。ついでに時折、車体が跳ねる。道路整備が行き届いていない。ダンジョン発生より10年。色々なほころびが見えてきている。
駅前のロータリーに到着する。日もだいぶ暮れて、暗くなってきた。家族の迎えなのか、ほかに二台ほど自家用車らしき車両が見える。タクシーの姿はない。
車を降りて待つ。流石に軽トラの中にいては分からないだろう。伝えてもいないし。幸いにも、それほど待つ必要はなかった。
エレベーターから、旅行用スーツケースを引きずってやってくる一組の男女の姿。変わりない……とは、少々言い難い。歩く姿から、あきらかな疲れが見て取れる。日常的な重労働のせいか、この騒動のせいか。いや、両方か。
とりあえずと手を上げて見せれば、相手側も気づいてこちらにやってきた。
「お久しぶりです、入川先輩。なんというか……」
「ずいぶん、ワイルドになられましたね」
兄が表現に困ったようだが、妹がストレートに言い表した。
「そっちはずいぶんと疲れているようだな。かっつん。サッチー」
兄の方は、背が高い。たしか175cm辺りだったはず。背筋が伸びていて、なによりイケメンだ。品行方正、物腰柔らか。大学時代は、ずいぶんとモテていた。一人として付き合うことはなかったが。
妹は逆に背があまり高くない。女性の平均よりもちょっと低い。155cmとかいってたっけかな? これまた容姿に優れている。というかぱっと見は美少女である。すでに成人しているというのに、女子高生にしか見えない。
外見が整っているという点以外は似ていない双子の兄妹、
「先輩、あだ名のセンスが相変わらず昭和なんですね……」
「そういうそっちは相変わらず年齢詐称な外見だな。っつーか本当歳とらんなサッチー。かっつん、どうなってんだお前の妹」
「こればかりは、自分にも……」
「先輩ひどい! 兄さんも!」
たわいないやり取り。感覚があっという間に大学時代に戻る。が、そうやっていられないのが社会人。こんな所で立ち話するものでもないしな。
「それじゃあ、スーツケースを荷台に乗せろ。一応、暴れないようにロープで縛るぞ」
「……軽トラ」
小百合が何とも言えぬ表情で我が愛車を眺める。まあ、なんとなく言いたい事は分かる。一般的な感覚ではカッコよさの真逆にある車だからな。使ってみるとそうでもないのだが。
「ダンジョンの戦利品を運ぶのに必要なんだよ。ほれ、荷物寄こせ」
「結構詰め込んだので、重量が……おお」
勝則が重そうに持ち上げるスーツケースを、俺は片手で引き揚げた。こういうのは勢いが大事だ。放り投げることなく、荷台に乗せる。小百合の荷物も。
荷台に立たせ、運転席の裏側にピタリと寄せる。そしてロープで縛り固定する。
「先輩、いつの間にそんなロープワークを習得したのですか」
「ダンジョンの免許を取る時に、講習でな」
俺が手早く万力縛りをやってのけると、兄の方が目を丸くする。……ま、確かに。ダンジョン管理人となる前と今ではいろいろ違うな、俺。
ともあれ、荷物の固定は終わった。転倒でもしない限り、荷台から零れることはない。後は双子を乗せて帰るだけだ。
「さあ、乗った乗った。さっさと帰るぞ。腹が減った」
「……先輩。自分は荷台でしょうか」
「かっつん。いくらここが田舎でも、警察に見つかれば捕まるんだわそれ。二人で助手席に乗れ」
「それはそれで捕まりますよ? というか、幾ら私が小柄でも、結構厳しいんですけど」
「いざとなったら足元に隠れてくれ」
などと無茶ぶりをしつつ、俺は運転席に入った。なお、結論から言うと警察に見つかる事はなかった。セーフ。
*違法です。真似しないでください。
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