第6話 ビッグアント
本日、ビッグアントに挑む。理由はシンプルで、こけ玉の集まりに陰りが見え始めたのだ。罠を仕掛けてから、満タンになるまでの時間が遅くなりはじめている。
完全に取れなくなるまで動かないのではまずい。ビッグアントで稼げるようにならなくてはいけない。そんなわけで、ホームセンターで買ってきた得物をひっさげていざ勝負というわけである。
いままでは、地下一階の入り口付近から動かなかった。罠もそのあたりに設置していて、奥へは進まなかった。なによりビッグアントが怖かったから。
だが、ソレも今日で終わりである。一歩一歩ゆっくりと奥に進んでいく。入り口から、30mほど進んだあたり。カリカリと、硬質な何かが石の床を引っ掻く音が聞こえ始める。
アリの足音、と呼ぶべきか。ともあれ、こけ玉以外の何かが居るのは間違いない。早速、呼び寄せるための罠をつくる。
といっても、方法は簡単だ。こけ玉をまとめて二つか三つ、潰して通路の真ん中におくだけ。買ってきた武器があれば、簡単だった。
そのまま、じっと待つ。心臓が高鳴る。手に汗がにじんでくる。武器を持つ腕に力が入る。そうか。これが初の実戦なのか、と気付いてしまう。そりゃ、緊張もするよな。
ほどなくして、ソレが見えてきた。まさしく、子犬ほどの大きさの黒アリだった。数は一匹。複数出てくることがあるらしいので、これはラッキーだ。最初から多数を相手にする余裕はない。実力も精神も。
「ガチガチガチガチ……」
鳴き声はない。凶悪な顎を打ち鳴らして威嚇してくる。もちろん、それで怯んだりはしない。いや、内心ビビっているが下がったら相手の思うつぼ。野生の獣に背中を見せるのは殺してくれと言っているのと同じだと聞く。
ビッグアントは、一直線で俺に向かってくる。俺は慌てず、マニュアル通りの構えを取った。ホームセンターで買った武器。それは身の丈より少し長い、真っすぐな樫の木の棒。専門用語でクォータースタッフと呼ばれる武器である。
先端を金属で補強したこの棒を、地面に引っかけるようにして下段に構える。そしてバネのように力を溜める。
マニュアル曰く、真っすぐ突進してくるビッグアントを上段から打ち下ろして迎撃するのは難しい。慣れればできるが、素人がやるものではない。
命中率を上げるにはどうするか。下段に構え、待ち構える。そして、相手が迫ってきた所をさながら箒でゴミを掃くように振る!
「ふんっ!」
「ガッ!?」
命中。硬い手ごたえ。ビッグアントの身体が放物線を描いて地面に落ちる。無傷ではない。若干ながら動きが鈍い。チャンスだ。
「オラァ!」
今度こそ大上段から思いっきり、スイカを叩くように棒を振り下ろす。動きの鈍い相手なら問題なし。アリの胴を粉砕することに成功した。……流石虫。上下泣き別れになってもまだ手足や顎が動いている。だが動いているだけで致命傷なのは間違いない。
「……よし」
思いのほか、上手く戦えた。その事実に驚く。自分のことなのに。恐ろしくはあったが、手足が動かなくなるほどではなかった。学生時代は一度として喧嘩で勝てたことのない俺が、である。これもダンジョンの力なのだろうか。
実感に浸っていたいが、今は労働時間。のんびりしていられない。動きが鈍くなったビッグアントをゴミ袋に放り込む。
こいつの買取価格は、一匹50円。しくじれば足を持って行かれる危険性を考えると、正直安すぎると思う。でも、こけ玉と違って一匹にかかる時間はとても短い。時間単位で考えると、効率はこちらの方が上なのである。
ちなみに、買い取り先は製薬会社なのだそうな。こいつの体液や殻には有効成分がたっぷり含まれているのだとか。それを取り出すのは手間らしいが、それに見合った利益が出るらしい。
まあ、俺としては買ってくれるなら何でもよい。というわけで次を探そうと思ったのだが。
「そっちから来てくれるなら手間はない」
前から現れる二つの影。今度は二匹。棒は一本。一発当てて、一発食らう。RPGならそうだ。しかしこれは現実。やりようはいくらでもある……マニュアル読んだからな!
俺は再びクォータースタッフを下段に構えながら、小刻みに歩いて位置を調整する。狙いは、二匹のアリを一直線に捉えること。
一対二ではなく、一対一を二回にする。本能で動き、地面を這うアリ相手ならば十分に可能! 接敵の一瞬、狙い通りにアリが一列となった。
「オラァッ!」
スイングした棒が、アリの顔面を捉える。そのまま弾かれた前列が、後列にぶち当たってくれた。チャンス!
「オオオオッ!」
理屈でなく、本能で動いた。ジャンプして、両足揃えてぶっ叩いた奴の上にストンプをかます。同時に、巻き込まれたそいつへ棒の一撃をプレゼント。
分厚い靴のおかげで、感触はほとんどない。何か硬いものを踏み潰したという感じだけがあった。そして、落下の突きを食らったもう一匹も胴を貫かれ致命傷を受けた。再度叩いて止めを刺しておく。
「ヨシッ!」
我ながら、パーフェクトな動きだった。素人がこれだけ動ける。やはりダンジョンという特殊環境のおかげだろうか。これで三匹。150円。小さな金額だが、5分程度しか時間はかかっていない。
いける。そんな確信を抱きながら放置したゴミ袋へと振り返る。流石に持ちながらは戦えないのだ。すると別のアリが二匹、ゴミ袋に噛みついているじゃないか。
「コラァ! なにしてやがんだオイ!」
慌てて棒を振り下ろす。それが良くなかった。石の地面を強かに叩く。手がしびれる。そこにアリが群がってくる。一匹が靴を、もう一方はレッグアーマーに噛みついてきた。
「う、ああっ!? やめ、やめろっ!」
頭が真っ白になり、無我夢中で振り払う。しかし、蹴るように足を振ってもダメ。棒で叩いても体勢が悪くて力が入らない。みしみしという音と圧迫感に、肝が一気に冷える。もっと強い力。もっと強い衝撃。
そうだ、と閃きが脳裏に走る。靴の方を思いっきり壁へ蹴りつけた。サンドイッチにされて、衝撃がそのまま伝わる。潰れたアリの顎から力が抜けるのが分かった。
二匹目も同様に、壁にこすりつけて引き剥がす。こちらはそれほどダメージにならなかったが、外れてしまえば十分だった。再びスタッフの下段攻撃で叩き潰す。
再び、ダンジョンに静寂が訪れる。全身に冷や汗をかいているのを自覚する。冷たい。本当に、焦った。足を持っていかれる恐怖でどうにかなりそうだった。
たかが一匹二匹、倒せたからと慢心してしまった。自分が特別なパワーを持つ、物語の主人公でない事はよく分かっているだろうに。
冷静に、確実に。知識と手順こそが俺の武器。それを忘れればこのざまだ。
「うわあ……歯形がついてるよ」
破損というほどではないが、顎の跡がくっきり残っている。まだ使えるが、交換を考えた方がいいだろう。……金が入ったら。買ったばかりだというのになあ……これが慢心の代償か。
金が要る。金のためには働かなくてはならない。その為には倒したモンスターを集めなくては。俺は新しいごみ袋を取り出し、潰れたアリを拾い集めた。全部で5匹。250円。
「ヘビィだなぁ……」
ほったらかすと、またアリが噛みついてくるだろう。俺は成果を持ち帰るべく、地上へと足を向けた。
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