第3話 ホームセンターの異世界人
さて、今からダンジョン管理者だ、と言われてもこちらは素人。何をすればいいかなどさっぱりだ。
しかしありがたいことに行政からのフォローはある。これからどうすればよいかという動線はしっかりと示されていた。
まず、管理のための簡易講習を受けた。最低限するべきもの、してはいけないこと。そういったものを学ぶ。この時に、分厚いマニュアルを貰った。『民間ダンジョン管理技法』。一般人がダンジョン管理するためのノウハウの集大成。
日本国家の血と汗と涙の結晶である。なお、毎年新刊が出る。ダンジョン管理者には無料配布だ。切羽詰まった感じがすけて見えて怖い。……が、そんな感想を抱いていても先には進めないので捨て置く。
次に、装備を調える。といっても、やれ剣だ槍だ弓だ魔法だというものではない。いつかは必要になるかもしれないが、今ではない。
なので向かったのは、街にある大型のホームセンター。家にまつわる様々な物品の中に堂々とダンジョン管理用設備のブースがある。
「……壮観だな」
店内BGMで騒がしいので、呟く程度の独り言は迷惑にならない。俺の視線の先には、一般器具のようで違う数々の設備がおかれている。種類が多く、ぱっと見では分からぬ器具もある。
講習で習った装備はどこだろうかと視線を迷わせていると、背後から声をかけられた。
「ダンジョン用設備をお探しですか? お客様」
振り返った先に居たのは、浮世離れした雰囲気を纏った美女だった。髪の色一つとっても普通ではない。おそらくは黒なのだろうが、光の加減で紫にも見える。
衣装も、一般的な洋服ではない。中東か南アジアか、ふわりとした占い師めいた衣装。緩やかであるが、彼女のスタイルの良さがそれでもわかる。
美貌もまた、日本人のそれではない。外国の何処である、とは指摘しがたいがともあれそれも彼女の異質さと特別感を強めている。
およそ、ホームセンターには似合わぬ女性だった。
「はい。管理用のトラップを買いに来たのですが」
「なるほど。免許証はお持ちで?」
「仮免ですが、こちらに」
ポケットに突っ込んでいたそれを見せると、彼女は頷いた。
「結構です。購入の際にレジでもう一度提示してください。……さて、管理用免許ですからお求めの品はトラップでよろしいですか?」
「ええ。全くの素人なので、モンスターと戦うなんてとてもとても」
「それが正解ですね。間引きを全くしていない、開きたてのダンジョンではまともに戦闘はできません。物量で押されてしまいますから。では、こちらへ」
求める物はすぐ近くにあった。まず目についたのは、縦横1メーターの緑のシート。表面にはマジックテープのような引っかかりがついている。そしてシートの端には金属で補強された穴がある。
「こけ玉捕獲用シートです。これを地面や壁に、こちらのフックで設置します」
示されたのは金属の杭。シートの穴にひっかけるフックが付いている。
「シートの表面に触れたこけ玉は、引っかかって動けなくなります。一枚で数匹捕まえられますので、ある程度引っかかったら剥がしてください。多少暴れるかもしれませんが、成人男性の力なら問題ないはずです」
「で、引っかかったこけ玉はこっちで乾燥させると」
シートを展示する棚の隣には、電気ヒーターが置かれていた。ダンジョン用、暖房器具ではありませんの注意書きが大きく記載されている。
「はい。水分を失ったこけ玉は死亡します。粉になったこけ玉を掃除すれば、シートは再利用できます。第一階層の間引きに非常に便利な逸品です」
「なるほど」
『民間ダンジョン管理技法』に目を通していて一応知っていたわけだが、こうやって目の当たりにするとまた違う感想が湧いてくる。すなわち、これなら俺でもやれそうだという安堵だ。
「乾燥したこけ玉の粉は市役所のダンジョン管理課で引き取ってもらえます。40リットルゴミ袋一杯にして300円。値段については思う所もおありでしょうが国が決めたことですので」
「ええ、まあ。店員さんに愚痴る事じゃないですね」
苦笑いを浮かべる俺。彼女が浮かべた表情に付いて、俺は適切に表現することができない。悩みだろうか、苦味だろうか。
「……ゴミ袋はレジ近くにありますので、そちらでお求めください。あとは、諸々の雑品ですね。こちらに案内板があるのでご確認ください」
「ああ、助かります」
軍手は引っ越しの時に使ったものがある。例の本によれば、第一階層でも靴は頑丈なものが良いとされていた。安全靴、買っていくべきかと場所を探す。
そうしていると、店員さんが少しだけ身を寄せてきた。思わずときめく。美人がこんなに近くに来てくれたの、生まれて初めてかもしれない。彼女居たことないしな。
「……所でお客様。こけ玉の粉はどのように利用されているかご存じですか?」
「確か、家畜用飼料の肥料って本で読みましたけど」
海外からの輸入が滞っている為、その辺の値段が馬鹿上がりだそうで。海外輸入では賄えず、国内生産するしかないのだとか。
「表向きはそうですし、実際そのように使用もされています。ですがもっとも多い使用法は、一般農作物の肥料に混ぜる事です」
「それって禁止されてませんでしたっけ? たしか健康被害があるかどうかまだ確認できていないとかなんとか」
「その通りです。が、それこそ魔法のように農作物が育ちます。ので、現在の日本の食料自給率を上げるため、農協は目をつぶっているようです」
「うわあ……」
店内BGMがほどほどにうるさくてよかった。なかなかイリーガルな話を聞いてしまったよ。
「中には家畜用飼料に混ぜて与える酪農家もいるとか。動物が元気に育つらしいですよ?」
「それって問題ないんです?」
「ダンジョンのモンスターを口にしている時点で、いまさらかと」
まあ、たしかに。ダンジョンには美味なるものが多い。食糧事情も相まって、それらが一般流通に乗っているのだ。今更と言われればそれまでだ。
「所でお客様。家庭用菜園のコーナーはあちらにあります」
「はい」
「ダンジョン管理業を始めてしばらくは、色々と大変かと思われます。彩は多い方がよいかと。あ、市役所の人の目の届かない場所に置くことをお勧めします」
「……ありがとうございます」
そして、おもいっきり誘導された。まあ、正直懐事情はかなり厳しい。家を買った時に貯蓄の大半は吹き飛んだ。退職金だって多くはない。
野菜は高い。それを家庭菜園で少しでも補えるならそれに越したことはない。イリーガル? 人様に迷惑かけるわけじゃないんだ。多少細かいことなど、知りませんでしたで通したるわい。
よし、と腹をくくり改めて礼を述べようとしたら、いつの間にやら店員さんは姿を消していた。
「……あれが異世界人か。初めて見た」
ダンジョンが発生するようになった同時期に現れた人々。初期の混乱を抜けるのに、彼ら彼女らが大いに助力した……という噂は聞いている。政府やテレビは何も言っていない。ネットが主な流布媒体だ。
なので真偽の所は定かではない。ただ、目撃情報は多い。加えて、各国政府が「魔法」の規制について法律に組み込んだ早さが異常だった。
ダンジョンで活動する人々が得た不思議な力。それの解明には相当な時間を要すると誰もが思った。だがあっという間に各国は対処してみせた。明らかにおかしい速度で。
それが異世界人の存在に現実味を帯びさせている。……まあ、俺個人の感想としてはどうでもよいというのが本音。
いや、違うか。あの店員さんみたいな美人だったら大歓迎。今はこれが本当の本音だな。眼福だった。おっぱいかなりおっきかった。素晴らしい。
「……ぼんやりしててもしょうがないか」
探しても見えぬ彼女を諦め、俺は買い物に戻った。
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