甘えた人間にならないために
あおやま。
第1話 甘えた人間にならないために
甘えた人間にならないために。
これだけはみんなに知っておいてほしい。
どんなに辛い時があっても自殺だけはするな。
それは逃げているだけで意味がないことだ。
これは先生から伝えたいことだ。
そう言った丸坊主の体育科教師は剣道部の春合宿でそう残した。
この合宿を最後に高3生は受験のため部活を辞めるためおそらくは彼らに残した言葉なのだろう。高1の僕にはそのマッチ棒のような容姿と、焦点の定まらない彼から発せられた言葉は馬鹿の象徴として残った。
僕の叔母は自分で死んだ。
僕の好きな歌手は薬物で死んだ。
僕の好きな小説家は心中で死んだ。
僕のことを犯罪者呼ばわりしたあの女は自殺をすると言って、エモいボカロを聴いてのうのうと生きている。
かくいう僕も飛び降りればすぐに死ねる10階に住んでおきながら、これまたのうのうと生きている。
人間は生まれたくて生まれるわけではない。
親の性欲の結晶として、もしくは家庭への憧れの結晶として、いずれにせよ無責任と不自由の結果として生まれてくる。
そんな人間には唯一の定められた結末死のみが用意され、各々独自のストーリーを書き上げる。
僕の叔母は夢があった。町のお菓子屋さんとしてひっそりと営業するお店を持つこと。ただ彼女は専門学校に行くには頭がよすぎた。名門大学に入り、就職をし、それでも諦められなかった彼女は30代で専門学校に入り、その後ホテルのスイーツ部門で修行をした。理想と違う労働環境と趣味であったはずの製菓が仕事になったことで彼女は無気力になり死んだ。
親とのつまりは僕の祖父母との関係はあまり良くなかったし、彼女は兄弟ともあまり仲が良くなかった。
かといってコミュニケーション能力は人並み以上で、容姿も良く、頭も良かった。
僕の好きな歌手はバスで死んだ。ようやく日の目を浴びたタイミングで。ツアーバスで全米を回っている途中に昼寝をすると言って、大量の薬物と共に。彼も頭が良かった。バイセクシャルで生きづらさも抱えていた。その気持ちを代弁した歌詞は若者を中心に広がり、新たな音楽ムーブメントを引き起こす渦を作り出した。極東の島国の少年までを巻き込む渦を。
僕の好きな小説家は随分と自殺志望があったようだ。彼もまた容姿が良く、頭が良かった。時代の狭間と個人の葛藤の中で彼が本当に求めたのは愛だった。自分が人を愛しきれないのを知っていて、彼は自らの人生を心中で終わらせることで、無理やりに永遠の愛を手に入れた。
僕のことを犯罪者呼ばわりしたあの女は全てを他責とすることを信条としていた。容姿は中の下で、ほとんど全ての子供が大学に行く僕の地元では頭が悪い方であった。周りのもの全てにケチをつけ、他人のテリトリーにずけずけと入ってくる割に話は面白くなく、外見上の利点もないのだからコミュニティーの輪には入れなかった。
その輪に入れないことを彼女は他人のせいだと言って、母親の協力も借りて先生に密告しては泣いていた。そして5月の春チェーンメールのような文章を学年中にばら撒いて死ぬと言った。
その後は演劇部に入り、偏差値45の高校に入り、短大に入って、実家の太い旦那を捕まえていた。
メイクも覚えて随分と綺麗になっていた。
僕は何もかも途中でやめていた。例の教師がいた剣道部も高校二年でやめたし、小学校の時八年続けた水泳もある日ふとやめていた。これが自分の性分なのだろうが、コンプレックスでもあった。受験に失敗した僕は同じ志望校で合格を勝ち取った喋ったこともない同級生からの嘲笑に将来での復讐を誓ったが、この先半世紀以上も生きることなど考えられなかった。
自分の中の良心は幼い時のまま氷漬けにされて、今では遊具が撤去され、殺伐としたあの公園と、新校舎が建つ前の校庭と、町の小高い山の斜面に築いた秘密基地のブルーシートとともに眠っている。
競争は好きだし、スポーツも好きだし、議論も好きだ。
ただ純粋さの中で将来への恐怖を抱くことがなかった幼少期。
優しいの保母に抱きついて好きなだけ胸を揉めたあの頃。
男も女も、若いも年寄りも同じ人間として感じていたあの頃。
これらの時期と来る将来、もしくは現在が楽しいか、喜びに満ちているかと言われればそれは絶対違う。
限界効用逓減のために日常が退屈になっているのか、感受性が衰えてきたのか、はたまた自分の良心が人類として生活するのにはいささか脆すぎるのか。真相は定かではないが、人生全体の幸福の平均を高めるためには、分母である人生の長さを短くするに限る。
だから僕はずっと死にたかった。
ただ死ぬのはずっと怖い。
僕と会った三日後に死んだ祖父の遺体、学校から帰ったらカチコチに死んでいた飼い猫。死には畏怖の念を持ち続けてきた。
学校を卒業してから十年後例の教師の話を聞いた。
僕らがいた頃は努力の大切さを説き、イチローの偉大さを触れ回っていたが、大谷翔平という男を前に努力では成し得ない壁を生徒たちが知った時、彼は精神論を嘲笑されるのを感じたと。
体罰がいつの間にか許されない時代になり、体罰により流血した生徒が不登校になり学校をその後やめたと。
それにより部活の顧問をやめ、病気を理由に休養したと。
一年後少し痩せた彼は相変わらず体罰をやめなかったそうだが。
彼には三人の子供がいて、僕らと同い年だった長男は社会人野球をやっていると。次男は彼と対立し不登校になり、いまだに部屋から出れないと。一番下の子は特段問題なく公立高校でJKを満喫していると。
自殺を美化する気など毛頭ない。
神から与えられた体を自分で終わらせるのは禁忌だとソクラテスから中世のキリスト教思想家、そして肯定はしないものとして近現代の哲学者は軒並み否定もしている。
ただその誰もが甘えだという論説では語ってこなかった。
負ける戦に挑み美しく散るのが美しいとされるこの国で何が正義なのだろうか。
少なくとも限界効用逓減で人生を見ている時点で僕はまだ死ぬ気はないのだろう。
鬱だと言った彼はなぜまだ体罰をしているのだろう。
甘えた人間にならないために何をしたらいいのだろう。
甘えた人間になぜなったらいけないのだろう。
この文章を読んでいる間に僕と世界ができたこと。
布団を整え、窓を開けること。
歯を磨き、キスをすること。
お風呂を洗い、流していれること。
近所の人を殴り、走って逃げること。
初恋の人の名前を調べて、想いを馳せること。
誰かに短な感謝を贈ること。
誰かに短なヘイトを贈ること。
死ぬこと。
生きること。
何もしないこと。
7人が自殺すること。
1227人が生まれること。
親のエゴを知り、自分の子供への教育法を考えること。
親のセックスを想像して、自分の誕生に想いを馳せること。
甘えた人間にならないために あおやま。 @aoyama_st
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます