番外編:早起きした猫



※結婚したあとの話。


視点:ノア



 レイムの眠りは浅い。

 だから結婚した当初は、レイムの眠りを妨げないよう毎晩自分の部屋で寝ようと努力した。

 ただ、そんなノアの努力や気遣いも虚しく、レイムは毎晩ノアを部屋へ連れて行こうとする。

 文字通り、猫の首根っこを捕まえて。


 ――どうした、何かあったのか?

 ――具合が悪いのか、腹か? 頭か?


 睡眠不足を心配しているのはノアの方なのに、レイムを思って一人で寝ようとすると逆に心配される。

 猫の姿にされて、体の隅々まで調べられ、とろとろになるまで腕の中で甘やかされてしまう。

 猫獣人の甘えん坊な気質をレイムは嫌というほど知っているし、誰よりも深く理解してくれているが、逆に知られすぎているのも問題だと分かった。


 そういう経緯があり、最近は諦めて最初からレイムの部屋に行くようになった。

 毎夜、どちらで寝るかと一悶着ある方が、レイムの睡眠妨害だと気づいたからだ。

 

 しかし、ベッドで一緒に寝ていても、ノアが腕の中で身じろぎするだけで、レイムは、すぐに目を開けてしまう。特に怒られたりしないし布団をかけ直してくれたり、少し眉を寄せてから「そうか、甘え足りなかったか」と、一人で納得しながら嬉しそうに頭を撫でてくる。


 このレイムの一連の行為を、ノアは子供扱いだと感じて、時々もどかしく感じていた。

 師匠と弟子であり、結婚して伴侶になったのだから――。

 じゃあ、どうして欲しいのか、その先に続く言葉が見つからなかった。


 *


 この日、ノアの目が覚めたとき、珍しくレイムは眠ったままだった。ノアが上体を起こしたのに、そのまま微動だにせず、静かな寝息を立てている。

 枕元の時計を見ると、いつもより起きる時間が一時間ほど早かった。


 青天の霹靂、ノアにとっては大事件だった。

 しかし、ここで喜んで騒いではいけない。起こさないよう静かに呼吸を繰り返し、うるさくなりそうな自分の気配を努めて消した。


 連日、雪が続いて寒かったが、ここ数日は暖かい。季節の変わり目でレイムが体調を崩している可能性もある。

 ノアは、そっとレイムの顔を覗き込み体調を確かめた。動いた拍子に、ベッドが軋んで音を立てないよう細心の注意を払った。

 よくよく観察したが、呼吸は乱れていないし静かだった。元々色白だが顔色も悪くない。仕事中は、いつだって険しい顔をしているが、今は穏やかな寝顔を無防備に晒している。


(あぁ、よかった、レイムさん元気だ)


 ふと、今の自分の姿が、普段のレイムの姿と重なった。

 何一つ似ているところがないと思っていたのに、レイムと同じ行動をしている。難しい魔法を使うときのように、注意深く観察していた。


(もしかして、レイムさんも、俺と同じなの)


 それは、子供扱いじゃなくて、もっと当たり前の感情からくる行動だった。

 気づいたときには手が触れているし。相手のことを見て、視線で追っている。

 知らない間に、自分の内側に相手を入れている。


 師匠と弟子であり、結婚して伴侶になったのだから――。

 

 瞬間、あのときの答えが見つかっていた。


 もっと気を許して欲しかった。


 ――けれど、ノアが気づいてなかっただけで、最初から、全部許されていた。

 暖かい陽だまりの下、レイムのローブの膝に乗ったときから。


 いつも自分が起こしてばかりだったから、今の全てを受け入れられている状況が嬉しかった。


(よし、待っててレイムさん。今日は春のお魚いっぱい釣ってくるから!)


 はやる気持ちを抑え、足音を立てないように静かに寝室から脱出し、一階の店に続く階段を降りた。

 心配させないように、ダイニングテーブルに走り書きを残しておいた。


 外に出ると、朝日が雪解けの水に反射してキラキラ輝いている。

 トードア国の春は短く、またすぐ冬になるだろう。


 当たり前のように隣にレイムがいて、そばで奔放に甘えることを許されているのだと気づき、心がふわふわと浮き上がった。「雨が降るから、明日の釣りはやめておけ」と言われていたのを、すっかり忘れてしまったくらいだ。

 春の川へ向かう今は釣った魚で料理を作り、レイムとテーブルを囲む幸せな未来しか見えていない。


 雨に濡れ小さな子供のように叱られるのは、数時間後の話だ。



 おわり

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