#03 これで二十年、娘を食わせてきた(3/7)

「……あ~、くそっ。あいつらばっか楽しみやがってよう。早く俺も混ざりてえな」


 これから自分がどうなるかも知らず、追い剥ぎ野郎は呑気にぼやいていた。

 口ぶりから察するに、初心者パーティはまだ生きているらしい。

 ……全員が無事ってわけじゃ、ないだろうが。


(じゃ、お前はここで死んどけ)


 曲がり角から顔を出したそいつに向け──


 どぱんっ!!


 無詠唱で放った火属性初級魔法・《バースト》。

 追い剥ぎは、文字どおり弾け飛んだ。


「うえっ! ぺっ、ぺっ……この野郎、ちょっと口に入っちまったじゃねえか」


 後ずさりしながら、漂う血煙を睨む。

 床には、肉片と鎧の破片がいくつか散らばっていた。

 ……ちょっと、やり過ぎたか。


(ま、そんな手加減出来るもんでもねえけどな)


 装備とスキルにより極限まで気配を殺し、奇襲の炸裂魔法により敵を爆殺。

 騎士を辞めた今の俺は、卑怯この上ない戦法で食っている。


 ──いやね、俺もさ。……嫌だったんだぜ?


 だって俺、騎士の家系で生まれたし。

 でもそんな俺に、カミサマがさ。

 とんでもねえもん、くれやがったからよ。


 血煙が消え、辺りは静まり返る。

 《エア・ディテクト》を唱え、ダンジョンの様子を探った。

 ……反応無し。うん、やっぱ下の階層だな。


「はあ、とっとと終わらせて……ん?」


 床に転がった破片に、もう一度目をやる。

 鎧の破片を指先でつまみ上げ、懐にしまった。

 ──顔が、自然としかめっ面になる。


「……その格好で、しょうもないことしてんじゃねえよ」


 面倒くせえ。

 湧き上がる感情をすぐさま殺し、後始末へ向かった。 


 


 ダンジョンは、階層ごとに空間が独立している。

 だから俺が7階層でぶっ放しても、8階層の奴らは気付きもしねえ。


 便利だが、正直ちょっと気味が悪い。

 まあ、こんなの気にしてたら冒険者なんてやってられねえけどな。


 8階層に下りた俺は、ようやく保護対象を見付けた。

 探知魔法の反応的に追い剥ぎが残り三人、初心者パーティの生き残りが一人ってとこか。


 しばらく進み、辿り着いたのは階層の隅にある小部屋。

 そこに奴らはいた。


 三つの死体と、生き残った女。

 女を囲み、何をしていたかは……言うまでもない。


(こういう事態は騎士時代から今まで、何度もあった。──やるか)


 俺は、あらかじめ仕込んでおいた鎧の破片を放り投げた。


「……おい。なんか、音がしたか?」


「ああ、そうだな」


「……お? あれか?」


 追い剥ぎの一人が、馬鹿正直に破片を拾い上げた。

 俺は片腕で目元を覆い、突入の姿勢を崩さぬまま──

 じっと、気配を殺して待った。


「……!! やべえっ! これ──」


光よ、眩ませろライト・ブラインド!」


 魔法札が発動し、閃光が部屋を包んだ。

 古典的。だからこそ、決まれば凶悪。


 ふらつく追い剥ぎどもに狙いを定め、足の筋肉を爆発させた。


「くそっ! 何も見え──」


 まずは、一人。


「おい、何だ!! 何の音──」


 二人目。


「ひいいっ! た、たす──」


 三人目。


 無詠唱の《バースト》を頭部にぶち当て、首無しの死体が三つ転がった。

 人肉の焼ける匂いと、焦げた鉄の匂い。

 鼻は慣れたが、雑魚に仕事着を汚されるのはやっぱ腹立つな。


(……ほい、お仕事は半分達成。お次は、か弱い女性をエスコートだぜ)


 生き残った女を抱き上げ、その場を離れた。


 


 心身共に弱っている女を休ませるために、ダンジョンの途中で休憩する。

 落ち着けそうな小部屋で火を起こし、茶を用意してやった。

 極東産の、最近ハマってるやつだ。


「……飲め。結構、苦いぞ」


「……」


 女は無言で受け取り、湯気にそっと息を吹きかけ、ゆっくりと口をつけた。

 予備のローブを着せてやったが、震えていた。

 寒さだけじゃないってのは、俺でも分かる。


 夜の店で散々鍛えられたはずなのに、若い女はやっぱり難しい。

 ……あ、どうせ全部演技だろって突っ込みは禁止な。

 なので反抗期だった頃のアンジェラを思い出し、ただ黙って世話をすることにした。


「一応、砂糖もある。……いるか?」


「……大丈夫、です」


「そうか」


 しばらく、薪が爆ぜる音だけが響いていた。


「……あの。……回収は、してもらえるんでしょうか」


「ん? ……ああ、なるほど。ちょっと待ってろ」


 腰の魔晶端末を操作し、ギルドに連絡を入れた。

 担当が現場確認のうえ、遺体を回収する手筈だ。


「これで大丈夫だ。……少しは落ち着いたか? ギルドまで送る」


「……はい」


 女を背負い、ギルドの救護室まで運んだ。

 ──とりあえず、一段落。


 


 ギルド長室で、ブランツに報告をしていた。

 任務自体は、成功したといっていい。

 だが、気になることが一つ。


「なあ、ブランツ。追い剥ぎどもが着てた鎧──カストレードの紋章があった。……ったく、勘弁して欲しいぜ」


「で、そいつらを始末してきたと。……古巣にも容赦が無いな、お前」 


「はっ! もう二十年も前の話だ。そんな半端な奴ら、いくら殺したって構わねえだろうよ」


「まあ、そうなんだがな……」


 ──俺の古巣、カストレード騎士団。

 鎧の意匠は変わっていたが、あの紋章は見間違えるはずがない。

 おおかた、食い詰めた下っ端が逃げ出して、冒険者にでもなったんだろう。


 紋章は布かなんかで隠して、鎧のあちこちを削ったり凹ませたり。

 いざとなったら兵士に成りすます、戦争帰りの落ちこぼれがよくやる手口だ。

 今回は美味しそうな初心者パーティを見付けて、襲い掛かったってとこだな。


(王様はお人好しだし、王妃様はのんびり屋。姫様は……今、どうなんだ?)


 定期連絡だけはしてるが、顔を見たのはもう、いつだったか。

 ……機会があれば、それとなく苦情でも言いに行くか。


「んじゃ、俺は帰るぜ。後は頼んだ」


「ああ、お疲れさん」


 セラにも一声かけて、ギルドを後にした。


 ──あいつ、まさか待ってねえよな。

 時間としては、まだ夜中だ。

 俺は少し寒気を感じながら、家へ向かった。


 

 

「……お帰りなさい」


 いた。

 やっぱり、いた。


 我が愛しの愛娘、アンジェラ。

 子供の頃は花みたいに笑ってたってのに、今じゃ氷のような表情で、そこにいた。


「よ、よお、アンジェラ。父さん、お仕事だったよ」


「……魔晶端末で、連絡くらい出来たでしょ」


「いやあ……それは、父さんちょっと、どうかなって。一応、ギルド関連や緊急時の連絡用ってことで、作られたもので……」


「そんなの、みんな無視して使ってる」


 ……はい、その通りでございます。


「……そういえば、これ。ポストの上にあったよ」


 アンジェラは、そっと袋を差し出してきた。

 さっきまで無表情だったのに、何故か微笑んでいた。

 ……あ、これ“逆に怒ってる時の笑顔”だ。父さん知ってる。


「ん? なんだ、これ……て、げえっ!!」


 袋の中には──クッキーと、小さな手紙。

 書かれていたのは、昨日“お楽しみ”を共にした女の名前。


(こんなところで、余計な気ぃ回しやがってえええええええええ!!)


「……最低」


 それだけ言い残し、娘は家の中へ消えた。


「……はあ。とりあえず、シャワーでも浴びるか」


 いつものこと。

 でもなあ、アンジェラ。

 ……たまには笑顔で迎えてくれても、いいんだぜ?






==========

だてぃばよもやま!


アンジェラは普段、ガイウスのことを「父さん」と呼んでいる。

でも心の中では──子供の頃と同じ「ぱぱ」。


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