第1話「土着の詞儀構文」
デント帝国
これが今の僕の肩書きだ。帝国の正式な記録様式では一行では収まらないほどの長ったらしい役職名だが、実際の仕事は“地方局の便利屋”といったところで、要するに閑職である。
上司はいない。部下は一人。帝国語術院を卒業したばかりの新任述務官──本人いわく「非常に優秀」な、若い女性だ。名をルーエ・シズという。
「ネス主任! 見てくださいこれ!」
遠征用の外套と短い髪を激しく揺らしながら、彼女が木版を僕の机に叩きつける。お茶を沸かしていた釜の炎が揺れた。あまりの大声に発火の
「ここから北へ三日、東へ二日進んだ集落で採取したんです、この
額にかけられたゴーグルがずれ落ちるのも気にせず、彼女は続ける。あまりにうるさい。無視してお茶を啜ろうとした僕の前に、彼女はその木版をぐいと突き出してきた。この地方によく見られる記法で、どうやら狩猟に関する術式が刻まれている。
「これ、何だと思いますか? そう、狩猟用の構文なんですがどうやら…… 防護
防護
「まだ読み込んでいないのでわかりませんが…… これはおそらく、防護
帝国中央の都市部ではよく見られるタイプの構文だ。
語制局が規制を強化するたびに、それをぎりぎりで回避するような新しい構文が開発され、その対応に記録律監局は苦慮していると聞く。街を歩いていると、その手の構文に引っかかった観光客が怪しげな店に入っていってしまう様子を見かけることがある。
しかし、それが辺境の土着
「ルーエさん、今はまだ朝。それに僕はこれから、子どもたちに標準
広大な帝国の辺境地域には各地に独特の
僕はその実現のため、地方述務官の仕事の一環として子どもたちに標準
「でも主任…!」
背後でまだ大声を上げ続けるルーエ ——本人曰く「非常に優秀な」部下を無視して僕は事務所のドアを開け、通りに出る。よく晴れているが、今日も寒い。彼女の持ってきた木版はおそらく、記録律監局に押収されて終わるだろう。土着で運用される、防護
※※※
ルベクが出て行ってしまい、しんと静まった事務所の中でルーエは木版を見つめていた。
この手の、防護
帝国語術院を優秀な成績で卒業し、将来の輝かしいキャリアが約束されている彼女に割り当てられた最初の赴任地がここ、フシマ地方連絡所だった。主任のルベクはまるでやる気がなく、単純なルーチンワークに終始して地方
それらの組み合わせ次第によっては、火をつける、灯りを灯すといった単純な
そして、帝国中央の語制局で定めた標準
「これは私がやるしかない、ってこと、よね」
そう呟くと、ルーエは木版を目の高さに持ち上げ、構文を読み上げる。フシマ地方に土着する
「■■■■■■■■ ■■ ■■■■……」
彼女にしてはやや抑えた声量で、事務所の中に
「すごい…… これは大発見かもしれない」
詠唱を終えた彼女が呟く。もちろん何も起こらない。
構文の写しを二枚作成し、ひとつは中央への報告用に明日の連絡便に乗せるため封をし、もうひとつは、そっと彼女自身の文机にしまい込まれた。
次の更新予定
毎週 金曜日 18:00 予定は変更される可能性があります
辺境のレクシスト 與八 悠 @yohachi_yu
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