第30話 目
ふと思い出したことがある。
逗留中、スーパーであの小学生を見かけた。ズボンのポケットから何かを落とす、ちょうどその瞬間だった。少年は気づいていない。作屋守は早足になり、それを拾った。キャラのキーホルダーだった。これは大切なもの、宝物だろう。それを無くしたらその無念さは同情に値する。作屋守にも身に覚えがあったからだ。調査をしていた時の彼の目を思い出した。けれどもそれを言い訳にして、見て見ぬふりはできない。それは大人の行為ではない。少年に声をかけた。
「これ、落としたよ」
できるだけ優しい口調を作った。現場で声をかけた時よりも。少年は振り返って、中腰の作屋守の手にある我が宝に目を見開いた。
「あ、ありがとう、ございます」
少年はぎこちなくお宝を取り戻した。少年の目には作屋守を睨む色はなかった。むしろ弱々しさというか、年相応の無邪気さだった。一礼をして少年は足早に親の元に戻った。単なる作屋守の人違い、いや、あの少年を見間違うはずはなかった。あまりにも違い過ぎる目の色と強さ。あれはいったいなぜだろう。答えの推測さえも立たない、それに考えるのが面倒だった。一歩踏み出すと、手にしていたカゴが大きく揺れた。
「あ、そうか」
分かった。今は普段着だ。あの時は、仕事をしていた。ロックピックハンマーを振り下ろす輩は、子供からすれば日常を乱す人外としか見えないのではないか。それはミシハセではないか。あの忌々しい恐怖の対象は作業着姿でピックを持っていなければならなかった。だから、少年には誰なのか分からなかった。このスーパーで作業着を着てピックをかざしていたら、きっと少年は挨拶に応えもせず、警戒でのどを震わせていただろう。うなるべき怪人が宝物を持ち去らなかったと知ったら、少年はどんな目をするだろうか。そんなことを思ったせいか、どうか、作屋守は目玉焼きが無性に食べたくなった。
なぜこれを思い出したのか、というと作屋守がちょうどスーパーで買い物中だったからばかりではない。棚に身を隠しながらじっとこちらを見つめている、睨んでいるのかどうかは知れないが、じいっと眼を細くしながら見つめている、彼とそっくりな少年がいたからである。作屋守が彼に似ていると認識した次の刹那にはその彼はもう消えていた。彼がいた棚に近づいてみたが少年はいないし、同系統の色彩をした衣類を纏った同年代の子すら見かけなかった。それでも、それなのに、作屋守が動転するなんてことはなく、一通り買い揃えたと店を出て五分ほどして買い忘れの一品に舌打ちする、なんていうありがちな失態までやらかすくらいだった。
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