第25話 返答

 ゲーム会社の担当者は、

「予言の通りなので」

 もう驚きを通り越して、新発見された深海魚のニュースだとかブラックホールの画像だとかに触れた時のような感心さを含ませて答えた。

 作屋守は「きっと返信はないな、あっても簡素に拒否られるだけだろうな」と例の件、ゲーム「ミシハセ」の新キャラについての質問をメール送信していた。すると、予想に反して一日も経たず、正確に言うなら返信メールの受信時間を見れば送信から二時間も経ってなかったのだが、前提があきらめを含んでいたためメールを確認しなかっただけなのだが、送られて来た。きっと新人研修がしっかりしていたのだろう、バカ丁寧なあいさつ文と導入からの参考文献や研究者の氏名など、七右衛門の正体を探るヒントがこれ見よがしに記載されていた。作屋守がここまで提示してもいいのだろうかと思えるくらいに。だから、担当者の返信に負けないくらい丁重な礼をつづった感謝メールを送信するとともに、空き時間にデパートへ駆けこんで菓子折りを購入、ゲーム会社に送ったのだった。その礼の電話があったのだ。ビジネスマナー的応酬の後に聞かされたのが、なんとも理路整然としていない理由だったのである。

「あ、あの、そんなことで教えていただけたのですか?」

「ええ、驚きと言うか、ドン引きされるとは思いますが、正直な話なんですよ」

 担当者は展開の怪奇さのせいか、メールの丁寧さそっちのけでフランクな語り口になった。彼氏の話しでは、ゲーム資料を集めている時、それがいつだったのか多忙のため日付の記憶が鮮明でないのだが、書籍がたくさんあったから古書店のどこかだと思い出せるのだが、そこで購入する際対応してくれた女性から言われたのだった。彼女の口ぶりから店主は所用で留守にしており、臨時に任されているとのことだった。しかも、どの本を何冊買ったのかさえ思い出せないのだが、彼女は値段を確認するため本をずらしていたから複数冊だったはずで、合計金額を言って本を整えようとしてタイトルを目にしたとたん、

「これはご趣味でお読みになられるのですか?」

 と聞いてきた。それは好奇心と言うよりも、確認という感じで、担当者彼氏がいや実はこれこれこうで、とゲームの企画の話をすると、古さの匂いが漂う古書店に似つかわしくはない若い彼女は、少し考え込むような表情を見せてから、

「特定のキャラについて質問をしてくるメールが届いたら、企画に差しさわりのない範囲でできる限り答えてあげて欲しい」

 と言い出した。何を言い出すのだろうと怪訝になりそうになっていると、いついつの頃に来るメールです、と日付まで付け足した。ゲーム会社に勤める身としては

「これはネタになるかも」

 と奇妙な体験さえも企画に生かせる根性がついていたせいか、怪訝よりも好奇心が上回ってしまい、

「分かりました、そうしますよ」

 と安請け合いした。古書店に似つかわしくはないとはいえ、どこか古風に見える彼女の意向にこたえることで、とあるきっかけになればと下心がなかったわけではない。そのはずだ。だが、そういうことを思い出したのは、

「作屋様からメールをいただくまですっかり忘れていたのですわ」

その口調からきっと先方は困り顔をしているのが分かった。なにせ、どこの古書店かも、どの書籍を見たのかも判然としないので、

「本当におっしゃる通りでした。これを機にディナーにでも」

 とナンパすることもできないのだ。

「作屋様にお知らせするため、ちょっと何冊か開いてみましたが、よくこんなマイナーなジャンルに興味をお持ちに、……あれ?」

 確かに先方の言う通り、なんでこうもアクティブに行動できたのか、自分でも何年か後には黒歴史になるのではと懸念して、自嘲さえも催さないわけはないのだが、

「あ、何か思い出してきた、店を出る時に彼女が電話に出たんだ、たぶん店の電話でなくて、自分のスマホかガラケーか知らんけど、彼女名前言ってたな、『はい、リサです』って。ま、名前思い出しても店が分かんなきゃ行けもせんけど、もしもし? 作屋さん?」

 作屋守は先方の思い出を聞くと、もうそこからどう答えたのかどうやって電話を切ったのか記憶をなくした。彼の耳を、頭を、胸を埋め尽くしたのは「リサ」という単語だった。体が熱を帯びたのか、あるいは血の気が引いてしまったのか、覚えていない。島で会ったリサ。古書店の自称「リサ」。同一人物かどうかなんてのは今になってはどうしようもない。確認もしようもない。全国に何人の「リサ」さんがいるのか統計は知らないが、百人てことはないだろう。ならば、偶然とすることが自然だ。そのはずだが、あまりにも仕組まれたような状況に作屋守は言葉を飲むしかなかった。そんな呆然自失をバチコーンとされ正気に戻してくれたのは、あまりにも唐突な腹痛だった。朝の快便はもうすでに済ませており、朝食でこんな波を起こすものは食べていないはず。だが、作屋守はその波に乗ってそそくさとトイレへ向かうことができた。


 結果、腹が凪に戻ると便座で長考することになった。腹だけでなく、頭がすっきりしたおかげか。

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