第24話 ゲーム2
作屋守には実は気がかりがあった。単なる関心という程度よりも落ち着きがなくなっていた。それは動悸のありようでときめきでも好奇心でもなく、あえて言うならば「嫌な予感」といった漠然とした抽象的な理由説明が心もとない感覚のせいだった。
あのゲーム、「ミシハセ」の第二弾がすでに開発進行中らしいと、知ったのだ。第一弾のシミュレーションゲームと違って、アクションRPGになるとのことだ。
ホームページを見る。開発中の動画が三十秒見られる。
「ミシハセの姫と人の男との禁断の愛
男はその愛を遂げるために姫の父、ミシハセの王に謁見する
下された試練、それは――
男は挑む、ミシハセの姫・璃佐姫のために!」
格ゲーと呼ばれる対戦シーンでは刀を振るったり、薙刀を振るったり、なんと銃まであるではないか、それもSF映画で見られるようなレーザーだかビームだかが発射されるようなそれだった。戦うのは、人である。キャラクターの着物だが、ちょっと近未来的にデザインが加工されたような、鎧だが現代的にスタイリッシュに変更されたような。髪型もそうである。ちょんまげではない。ざんばらでもない。戦う、その相手は異形だ。いわゆる鬼ってやつだ。魔物もいる。妖怪的ではない。いかにもなまがまがしさである。会話のシーンもある。街や山岳や海浜なんかを歩くシーンもある。
(ん?)
作屋守の心拍数が上がり続けるのは、単に迫力のためではない。敵に、仲間だと思っていた男が裏切るシーン、会話から察するとそうなる。その男って言うのが、冤罪で都落ちをして、和歌が卓越しており、武芸に秀でている、と紹介されていた。さらには、ラスボスたるミシハセの側に、まるで王を守る重臣であるようにして構えたのである。
(これじゃあ七右衛門じゃないか)
ミシハセのシルエットは黒く塗りつぶされたまま。
「いや、昨日の今日でこれってねえ、作屋さん?」
後輩に教えてもらったのはランチタイムだった。どこかに食いに出ていた道井はその昼食中に発見して、社内に戻って来ると、食後のコーヒーを堪能していた作屋守にご報告申し上げたのである。すっかりコーヒーは冷め、その味は無味になってしまっていた。紹介されスマホで検索、荒々しい拍動のまま見つめ続けていた。
「あ、動画終わりました? んで、こっち」
地蔵様のように動かなかった先輩が、亀の歩行速度で無言のまま身動き出し、下手をしたら呼吸をしておらず、心臓さえ止まってしまったかのように見受けられる様子に、おっかなびっくりの声と肩の揺さぶりを与えた。
「すまない。なんだって?」
蘇生した彼は後輩の指先のメニューを開いた。「News」の欄には新着情報があり、公募開始の文字が。タップする。
「ラスボスであるミシハセのデザインを公募します。斬新なアイディア! 君のミシハセを待っている!」
との文字が。賞金が五万円だとか、募集期間があと一か月だとか、補足情報に作屋守は注視しなかった。開発途中のゲームのホームページ、ロゴやキャラや新着情報が鮮やかに主張してくる。目立たせてなんぼ、と強くこしらえたわけではないだろうが、ゲームのイメージをユーザーに刷り込むための色彩が訴えて来ることに変わりはなかった。それでも、作屋守にはなんだか意味が分からなくなってしまった。何を見ているのかさえ判然としなくなってしまった。抽象画どころではない、シュールレアリスムの絵画でもない。ましてやゲシュタルト崩壊しているわけでもなかった。つまりは、彼はデザインが視覚認知する以前に網膜から拒否しているのだった。
「作屋さん?」
道井の声は微妙に距離ができていた。なにせ、先輩が再び地蔵様になってしまったどころか、明王か何かのような顔つきになってしまったからだった。
「先輩!」
どしりとした痛みが肩にあったと、作屋守はその肩を撫でて、
「ああ、なんか、そう、驚いて。お前、殴ったか?」
正気に戻りつつ、たどたどしく事実確認をした。
「いや、軽く叩いただけですけど、大丈夫ですか? ほんと」
先輩が今度は下手をしたら呆けそうになっている。もはや体調が悪化したのかとさえも疑うほどの急変。
「いや、うん。そう。うん。ああ、だんだん大丈夫に戻って来た。いや、大丈夫だ」
顔色が、色つやが戻って来たように見えて、ようやく道井は思い出したかのように、
「これでも飲んだらどうです?」
エナジードリンクを渡した。午後に疲れを感じ始めたら飲もうかと買っておいたそれは、自身よりも必要とする先輩がいる。渡す方が良い。
「ああ、悪い」
受け取りつつ、財布を取りだそうとしている先輩を制して、
「しっかし、こういうのもありなんすかね?」
道井は同じくアクセスしているサイトを見ながらあきれて、作屋守に見せた。ゆるキャラがいた。名前、みしちゃん。
「いや、もうデフォルメしたキャラいるなら、ラスボスのデザインの募集て」
ゲーマーの矜持を見せつけるかのように道井はぼやいた。そのなんたるかを作屋守は知れないのだが、そのゆるキャラが見られるページに移動して、それを凝視した。クレーンゲームで欲しい商品があったとしてもこれほどには瞬きをしないことはないくらいの視線だった。
「経済っていうか、利益っていうか、そういうのになればなんでもありなんすかね。もはやこれはあれですね、実は人間が一番正体不明な妖怪だった的なオチみたいな感じっすね」
的を射ているのか、単にぼやきたいだけなのか、その業界のおかげで趣味を満喫している端くれが業務に戻って行った。
サイトを閉じたおかげか、社内の仕事再開の雰囲気のおかげか、作屋守は動悸を探らなければ分からないほどに落ち着きを取り戻した。それは、
(後から検索してゲーム会社についても見直すか、あと七右衛門が何者なのかだんだん怪しく思えて来たな、物語だけど)
とかなんとかいった思考ができるようにはなっていた。
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