第12話 訪問
翌日、仕事を終えて、作屋守はリサから言われていた通りに彼女の宿を訪れた。他の客はもうおらず、ゆっくりと飲めるのではとお誘いに乗ったのだ。すでに風呂から上がったのか、浴衣姿だった。上げた髪の見た目しっとりしている感じがした。
リサの宿の夕食は旅館の膳というよりも割烹料理だった。飯をかっこむような類のものはない。揚げ物はからあげではなくてんぷらだった。作屋守はむしろそちらの方が良かった。瓶ビール二本を空け、冷酒を三合空けた。出会いから初めてな雰囲気だった。会話が途切れる。沈黙が度々訪れる。グラスに注ぎ飲み、おちょこに注いで飲んだ。その音だけがあるようだった。血流が良くなって、速くなる心拍数の音すら作屋守には聞こえなかった。足を崩すリサ。酔いの息をふうと吐くリサ。刺身からテーブルに垂れてしまった醤油を拭くリサ。彼女を見て、その音を聞いていることの方が心地よく感じられた。苗字を言わない、旅の目的も言わない、いつ帰るとも言わない、どこに帰るのかも言わない、初対面から名前で呼ばせた、そんな旅先で出会った女の宿に足を踏み入れ、酒を飲んでいるのだ。
「ねえ、どうする?」
飲み干したおちょこを自分から遠くに置いて、リサは漠然とした聞き方をした。酔っているせいか、風呂上がりのせいか、妖艶さが半端ない。
「熱燗にでもするかい」
「いけずないなし方をするのね」
あくまでリサの飲む調子に合わせたつもりだったのだが、ここは一部屋である。他に客はいないと言う。作屋守とて下心というか雰囲気からの流れというかそういう淡い願いがなかったと言えば嘘になる。あの女性ともっと近づけたら、と思わせない女性ではない。
「でも、俺、風呂に入ってないし」
「じらすのが上手なのね」
「そんなわけじゃなくって、本当に」
じらされているのはむしろこっちの方だと、このままテーブルを跳躍してリサに覆いかぶさってしまおうとさえ思った。その通りにしようかとリサの目を見た。かまわないわよ、とでも言っているかのような目がかえって一つの間を作らせてくれた。
「この部屋、浴室もあるのよ」
閉められている戸の向こうをリサは仕方なさそうな口調をしながら見やった。
「すぐに戻るから」
作屋守は酔いも忘れて弾むように部屋を出た。その様子をリサはうっとりとしたような目で見ていた。
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