第二章
第2話 ロビーにて
作屋守が『佐州拾遺記聞』を読んだのは、あくまでも暇つぶし程度のものでしかなかった。民俗学とか民間伝承とか、ましてや昔話に興味をもっているわけではない。しかも、『佐州拾遺記聞』とやらはそこに置かれた書籍ではない。出張で泊まることになった民宿のロビーの新しくもないテーブルの上に小冊子が置いてあって、種々様々に叙述されている地元のネタの一つとして数ページ記されていただけのものである。
「お待たせいたしました」
宿の主人は上がりそうな息を抑えながら客を招いた。
「確認が取れました。誠に申し訳ございません。こちらがお部屋の鍵になります」
作屋守は出張の前に自分で宿を予約していた。出張費は限られていて、余剰分は自腹だが致し方ない。自分が選んだ宿の方が良い。どんな状況になったとしても、他の社員のせいにすることはない。ネット検索すれば、宿の場所もアクセスも料金も施設の間取りも明々白々だ。現地に行って良くも悪くもギャップありなど折り込み済みだ。ネット予約をすれば予約番号も控えておける。電話予約の齟齬など生じようはずはない。これまでもプライベートの旅行でも使っている手なのだから慣れたものである。だが、予約番号はあるというのに、当の宿の予約表には「ない」と最初言われたのだ。客が見せるスマホ画面はたしかに宿のサイトの予約完了画面以外にはなく、主人は困り果てた様子で事務所に戻ってしまった。
待ち時間が生じた。暇だ。そこで目にしたのが、とある昔のお話しの一つだったわけだ。読み終わり、スマホでもいじろうかと見ればすでに十数分が経っていて、この後の暇をどうつぶそうかとしていたところにちょうど主人が戻って来た。カウンターでは確認できなかった作屋守の宿泊予約は事務所のパソコンを操作したら確かに現れたのだそうだ。一度目の操作中、突如としてフリーズしたので、再起動をかけたら立ち上がるまでまたなぜか時間がかかり、復旧してみたら予約が見られたと言う。
「言い訳になりますが、これまでこのようなことはございませんで、本当にご迷惑をおかけいたしました」
作屋守がかえって申し訳なくなるほどに主人は頭を下げた。宿泊中、サービスをさせていただきますとの提案を丁重に断りながら、それでもちょっと期待する作屋守に海洋深層水で作られた当地のミネラルウォーターが一本渡された。サービスと言うなら、六月上旬の汗滲む日、せめて冷やしておいてほしかったと思いながら、彼は一応礼を述べた。
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